黄瀬くんの好みの女の子はわからないけれど、少なくとも私みたいなきつい子じゃなく、ふわふわした子なんじゃないかと思う。
それでも、少しでも黄瀬くんにかわいいと思って欲しいから、黄瀬くんに会う時はブラウスにカーディガン、膝丈程度のスカートなんて、清楚な女の子みたいな格好をしていた。
こういう格好は可愛いとは思うけれど、私の顔には似合わないと思う。
でも黄瀬くんはかわいいって言ってくれるし、私も女の子らしくなった気がして、満更でもなかった。

そのまま清楚系にシフトして行く方がいいと、親には散々言われたのだけれど、やはりショッピングに行くと前の格好が恋しくなってしまって、見る洋服はそういうものばかり。
だから、黄瀬くんに会わない日は、所謂ギャルに見られてしまうであろうような、モノトーンや豹柄だったりの、派手というかキツめな格好をすることが多かった。

もちろん化粧も、黄瀬くんと会うときはアイシャドウも控えるような薄化粧だけれど、それ以外はアイラインもアイシャドウもがっつりやって、つけまもしっかり上下につける。
やっぱり、濃い方が自分の顔がしっかり作られている気がして落ち着くのだ。

ちなみに、黄瀬くんとは合コンで知り合ったので、大学も違うから、私の普段の格好は知らない。
合コンの時は周りに合わせてちょっと大人しめにしていたし、その後2人で会った時もまた同様。
その内に付き合うことになって、わざわざ洋服のことを言うのもおかしいので、今日まで言い出せず仕舞いだった。


「確かに名前ちゃんはかわいいよりも美人系だから、今日みたいな格好の方が似合うかもしれないけど、きーちゃんといる時の格好でもかわいいと思うってゆーか、ナチュラルメイクがすごいいいと思うんだよね!かわいい!」


そうやって顔を輝かせてかわいいと言うさつきちゃんの方がかわいいと思うよ、と心の中だけで自嘲的に言う。
さつきちゃんみたいに美人だけどかわいくて、スタイルも良くて、情報収集能力に長けているという特技があるけれど、料理は苦手なんて欠点もちゃんとあって、そんな女の子だったら黄瀬くんの隣にいる自信も持てるだろうな、なんて思うこともなくはない。
私は料理も普通、勉強は中の上、運動は中の下、顔はかわいいとは言えないけれど、ブスは少し言い過ぎかな、くらいなもので、太ってはいないけど痩せてもいないと思う。
特技も特にないし、あるとすれば部活をやっていたから楽器が演奏出来る程度。


「はぁ」

「もう!ため息つくと幸せ逃げちゃうよ?」

「うーん、うん」

「ほらっ、むすっとしないの。かわいい顔が台無し!」

「かわいくありませーん」

「きーちゃんが絡むと途端に自信なくなるんだから!」

「だって、黄瀬くんだよ?告白してオッケーもらったならまだしも、告白された時は血迷ったのかと思った」


私も相当黄瀬くんの事が好きだけれど、黄瀬くんも同様に私のことが好きなのは伝わってくる。
正直なんで?って思わなくもないというか、黄瀬くんならもっとレベルの高い彼女をゲットすることも可能なのに、なんで私なんだろうって、考えてもわからないから考えないけど、思うことはある。


「……まぁ、私はなんとなくわかるけどねー」

「えぇっ?なんでなんで?」

「んー?なんでだろーね。てゆうか、そろそろ行こっか」

「あ、そうだね。もうこんな時間」


2時間くらいファミレスに滞在していた事に気付いて席を立った。
お会計を済まし、さつきちゃんがトイレに行っている間、外で待ってようと店の扉を開ける。
端っこの方に居ようと寄って行った時、この場で聞こえるはずのない声が鼓膜を揺らした。


「名前っち…?」

「え……黄瀬くん…?」


空耳なんかではなく、私の目の前にいるのは確かに黄瀬くんで、驚きすぎて何を言ったらいいかわからない。
まさか、こんなところで出会してしまうなんて、東京はやっぱり狭いのか、と頭の片隅で恨んだ。
私を目にして少し驚いた表情を浮かべている黄瀬くんに、焦りにも似た気持ちが胸を占めて苦しい。
格好も格好だけど、化粧も濃いし、つけまばっさばさだし、こんなことで嫌われる訳はないだろうけど、どう思われるかが不安でならなかった。


「……驚いた、っスけど……その格好も似合ってるっスね」

「え……?」

「かわいい」


綺麗に微笑んだ黄瀬くんと、黄瀬くんの口から出た言葉の両方に、頬が紅潮してしまった。
頭のてっぺんから足のつま先までを、黄瀬くんの視線が綺麗になぞる。
それだけでまるで黄瀬くんに触れられているくらい恥ずかしいのに、彼の視界に入るだけでこんな風に思うことにまた恥ずかしくなった。


「でも、」


何か言いかけながら優雅に私との距離を縮めた黄瀬くんを、ちゃんと見ようと首を後ろへ反らした時、太腿に触れた黄瀬くんの手に肩が跳ねてしまった。


「ちょっと露出高いのは、頂けないっスね。しかも、オレがいない時に」

「き、せくん……」

「かわいい彼女なのは嬉しいんスけど、他の男にあんま見られたくないんスよ。いやらしい目でね」


そう言ってから周囲を少し厳しい目で黄瀬くんが見渡すと、さつきちゃんがお店から出てきて、驚いた声をあげた。


「きーちゃん!なんでいるの!?」

「たまたま通りかかったんスよ。そしたら名前っちがいたから」

「すごい偶然!そうだ!私帰るから、2人でどっか行ったら?」

「え!?なんで!?」

「だって、2人あんまり会えないでしょ?私と名前ちゃんは学校でも会えるし、またいつでも遊べるから、ね?」

「桃っちがいいなら、ぜひ」

「いいよいいよ!名前ちゃんも最近会えなくて寂しそうだったし」

「ちょ!さつきちゃん!」


本当にさつきちゃんの言う通りだったから、身体の体温が1度上がったかのような錯覚に陥る。
何言ってるの、と言う前に黄瀬くんに引き寄せられて、言葉がどこかへ飛んで行った。
耳元で私だけに囁かれた言葉にも、嬉しくて身体が熱くなって、どうにかなってしまいそうだ。


「オレも、会えなくて寂しかった。だから、今日は桃っちに甘えよ?」

「……うん」

「じゃあ桃っち、今度お礼するっスね!」

「うん!楽しみにしてるね!じゃあ、名前ちゃん、また学校で!」

「うん…!さつきちゃんありがとう!」

「どういたしましてー」


笑顔でるんるんと去って行くさつきちゃんはやっぱりかわいい。
1人で帰して良かったものかと少し不安に思うも、私の思考はすぐに黄瀬くんに持ってかれる。


「今日はいつもと違う名前っちとデートっスね」

「あ…うん。ごめんね、ケバいよね」

「なんで謝るんスか?確かに化粧は濃いっスけど、名前っちの顔に映えててかわいいっス。つーか、」

「?」

「名前っちならなんでもかわいい」

「き、せくん…ったら、なに、言ってるの……」

「本心っスよ」


きらきら輝く笑顔と共に言われた言葉には、安心よりも羞恥心が勝る。
言った本人よりも言われた私が恥ずかしいなんてどういうことだろうか。

結局、黄瀬くんの好みはわからないままだけれど、後ろめたかったことが払拭されたから、気持ちは凄く軽くなった。
そして、今日もまた私はどんどん黄瀬くんを好きになるんだ。


(20121114)
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