「みーやじくんっ」


3年間ずっとクラスが一緒で、1年の時に隣りの席になってから、やけに仲良くなった苗字は、いつだって朝から元気だ。


「はよ」

「おはよ!朝練お疲れさま」

「おー。今日来んの遅くね?」


いつもだったら朝練がある時には苗字と出会わない。
苗字はそこそこ学校に早めに来るタイプで、朝練が終わって教室へ行くと、友人と談話している姿を目にすることが多い。


「うん。お腹痛かったからゆっくりココア飲んでた」

「は?大丈夫なのかよ」

「大丈夫だよ、あっためたら治った。最近寒いよねー。あ、でもね、手は結構温かい方なんだよ!」


ほら、と言うように差し出された手を握ると確かに温かい。
というか、オレと同じくらいの温度。


「あ、宮地くんもあったかいんだね」

「そうか?こんなもんじゃね?」

「女子は結構冷え症気味なんだよ」


こっちが心配しちゃうくらい、なんて言うから、お前も女子だろとツッコんでやると、そうだねとおかしそうに笑う。
よく笑う苗字のことを見ると、こっちまで和まされていることに、オレはいつから気付いたんだろうか。


「でもね、みんな私のこと子ども子どもって言うの。子どもだからあったかいんだーって」


元々苗字は童顔で身長も低いから、もし中学生だと言われても違和感を抱かないだろう。
更に少しむくれた今の表情は、まさしく子どものようで、返事を返さないオレを不審に思ったのか、見上げてきたところで言ってやった。


「その通りだろ」

「ひどい!宮地くんまで!」

「苗字チビだしな」


うりうりと頭を押さえつけるように撫でると、もう!と怒った声が上がる。
ちょうどそこで教室に着いたので手を離すと、入口から勢いよく飛び出して来た男子が、オレのことには気付いたらしいが、オレの陰にいた苗字には気が付かなかったらしい。
その勢いのまま苗字にぶつかろうとするのが、その場に居たオレが一番早く理解出来た。
バスケをやっているお陰の反射神経か、半身になって苗字を抱き込むと、間一髪でぶつからずに済み、ほっと一息つく。


「っ!ワリー苗字と宮地!」

「ざけんな轢くぞ!!」


ぶつかりかけた奴が軽く謝って去って行くことに真面目にイラついて、緑間たちに言うのとは違い本気で怒鳴ったが、意にも介さず走って行ってしまう。
それに込み上げる苛立ちを隠さず、盛大に舌打ちをしたところで、下からおそるおそる呼び掛けられた。


「み、みやじくん……」


大丈夫か、とかけようとした言葉が、苗字の頬を染めて困惑している様子を目にして、喉に押し戻される。
それと同時に、苗字に触れている腕が感じる柔らかさだとか、力を込めたら折れてしまいそうな身体、腹部に当たる胸の膨らみに、今までただの友人だからと意識なんてしてこなかった、苗字が女子だというのをひしひしと感じてしまって、身体中の体温が一気に上昇した。


「ワっ、ワワワワリー!」


先程引き寄せた時よりも速いんじゃないかと思う速度で離れる。
まともに苗字を見れる気がしなくて、いつも苗字と話す時は下げる視線を下げられない。


「う、ううんっ!ぶつかるの、助けてくれてありがとう…」

「いや…全然……」


言葉が出てこない中なんとか引っ張り出した台詞も、とてもぎこちないもので、沈黙が訪れてしまう。
教室、入ろうか。と苗字が言ってくれたので、その場はそれで済んだが、今後も今まで通り彼女と会話出来る気がしなかった。


(20121111)
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