彼も本気で言った訳ではなく、軽口のつもりだったんだろう。
それはわかったけれど、怒りのスイッチはしっかりと押されてしまって、だめだった、堪えきれなかった。


「で、別れたと?」

「……あははー」

「お前なぁ、いい加減自分の歳わかってる?俺と同い年だよ?そろそろオバサンと言われてもおかしくない歳だよ?」

「もう!わかってるよ!」

「しかも次こそは結婚するとか言ってたじゃん。その言葉何度目?もうお前結婚できねーんじゃねーの」

「出来るってば!失敬な!今回は、」

「運命の人じゃなかったって?それも何度目だアホ」

「うっ……」


銀時とは寺子屋時代、松陽先生がどこからか銀時を連れ帰って来た時から、ずっと一緒だ。
攘夷戦争時は勿論女の子でも戦っている子はいたから、私も参加したかったのだけれど、皆に反対された上、最終的に銀時が本気で怒ったので、諦めざるをえなかった。
銀時の家族が松陽先生だけだったように、私の家族も松陽先生だけだったので、攘夷戦争が終わったら私の所へ来てくれてから、今に至る。


「大体な、ちょっとやそっとなんか言われたくらいですぐ別れるなんて言うんじゃねーよ」

「ちょっとやそっとじゃないもん!」

「でも軽口だってわかってんだろ?許してやれよ」

「やだ。軽口でもね、言っていいことと悪いことがあるの。私には断じて許せなかったし、そういう人と生涯暮らして行くなんて考えられなかったから、もういい。また次の人探す」

「そんなえり好みしてる場合かっつーの」

「私にも譲れないものがあるの!これだけは譲れないの!だからやだ!やだやだやだ!」

「駄々っ子か!つーか一体何言われたんだよ!?んなこだわるようなプライドお前になくね!?」

「あるわ!そりゃ神楽ちゃんやそのお友達にアラサーとかババアとか言われまくった挙句にお菓子とか買ってあげちゃってるけど!この前沖田くんにも散々な目に合わされた上に奢らされちゃったけど!新八くんにまでお通ちゃんのグッズ買うのでパシられたけど!プライドくらいあるわ!」

「いやマジでお前プライドねーな」

「銀時の事言われるのは嫌だったの」

「は?」

「だから!銀時の事言われるのはやなの!」


俺の友達をバカにする奴は許さない、なんてジャンプ的な台詞を言う事はないと思っていたけれど、銀時の事を誰かに貶されるのは凄い嫌だった。
私の中で銀時は、家族とかそんな枠組みで決めることが出来ない存在で、銀時を否定されることは自分が否定されるのと同じかそれ以上、我慢ならなかった。
だから銀時を貶すような人と結婚なんてもってのほか、付き合うことも論外だと、別れの言葉を吐き捨ててやった。


「……バカだねーお前。んなの流しゃあいいじゃねーか。冗談だったんだろ?」

「流せないよ。何よりも大切で譲れないたった1つのものだもん。冗談でもね、土方さん達とは違うんだよ」


真剣に話し出す私を前に、鼻をほじって聞いてるんだかいないんだかな表情を浮かべているが、本当はちゃんと聞いてくれていることを知っている。
少し照れているからなんでもないように装ってるのだということを知っている。


「土方さん達と違って、愛がないんだよ」

「あー?アイツらにんなもんある訳ねーだろ」

「あるよ。少なくとも、銀時のこと認めてる。でも、アイツは違ったの。全然知らない、銀時とは道で会った程度なのに、あまり良いイメージを抱かなかったからって、軽口で貶すなんて。軽口かも知れないけど、ほとんど見ず知らずの人への印象を口から出すときって、内心本気でしょ。ふざけて言えば私が軽く嗜めて、ふざけられると思ったんでしょ。それでも、大事な人そういう風に貶されるの、私は許せない。思ってる分には自由だけど、私に言うべきじゃない」


私はいつも銀時にはわがまま言い放題で、蔑ろに扱うことだって少なくないけれど、それでも銀時がこの世で1番大切だ。
大切な人も大好きな人も、沢山いるし、比べるものじゃないのかもしれないけれど、なんだってさらけ出せる、醜いところだってわかってくれる、何かあったら本当に心配して怒ってくれる、そんなの銀時しかいないし、それだけ信頼しきっていて、大切で、誰にも傷つかせたくないのは、銀時だけだ。


「お前、なんやかんや俺のこと大好きだよな」

「そうだよ。今さら?」

「いや、まぁわかってたけど」

「でしょ」


勢いで別れてしまった後悔は、なかったと言えば嘘になるけれど、銀時に話してたらこれが正解だったと思うし、まずどうでもよくなる。
静かになって、銀時がジャンプのページをぺらりぺらりとめくる音が何度かした。


「お前こそ、わかってねーんじゃねーの」

「え?なにが?」

「そんなんじゃ、いつまで経っても結婚なんざできねーぞ」

「えぇ!?なになに?」

「だから、お前がずっと一緒に居たいのは誰だよ」

「え……」


チラ、とこちらを見た銀時と目が合う。
その目が考えていることがわからないなんて事はない。
銀時は私の答えなんて分かり切ってるのに、いつだって自分に自信がないから、いつも私が先に言ってあげるんだ。


「……そりゃあ、銀時でしょ」

「なら、わかんだろ」

「なにそれ。色気のないプロポーズ?」

「今さら俺らに色気もクソもねーだろ」

「でも欲しい」

「ったく。わがままだなてめーは」

「少しくらいのわがまま許してよ、あなた」


そう言うと照れ臭いのか自らの頭をがしがしと掻いた銀時は、ジャンプをテーブルに置いてからほら、と両手を伸ばしてくれた。
ぼふんっ、と銀時の胸に飛び込んで、一体こんなのいつ振りだろうかと考えながら、嗅ぎ慣れた銀時の香りを味わう。


「ほら、色気なんざでねーだろうが」

「出てるよ。ほら」


銀時の手を掴んで、自分の胸の膨らみの下辺りに持って行くと、銀時の手が軽く強張ったのがわかった。
それに嬉しさを感じながら、どくん、といつもより早く動く心臓が、銀時に伝わっただろうか。


「わかる?」

「……あー…わかったから離せ」

「なによ!私の胸じゃ足りないって言うの!?」

「んなこと言ってねーだろ!離さねーと襲うぞバカ!!」


顔を赤くした銀時の言葉に笑うと、笑うんじゃねーと小突かれる。
私にはこんな日々があればいいんだから、運命の人が今までいる訳なかったんだよね。


(20121107)
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