一緒に帰ってみる、なんて緑間に言ったものの、彼女に自分から話し掛けたことは、一度足りともない。 目すらまともに合わせられないのに、会話をするなんてもってのほかだ。 自らのコミュニケーション能力は高い方だと思っているが、そんなものはただの思い違いかのように、彼女の前では発揮されない。 「オイ」 「ん?なんだよ真ちゃん」 「今日は一緒に帰るんじゃなかったのか」 「あー……ははっ」 部活終わりに残って練習していた最中に、緑間に指摘されて、誤魔化すように笑ってみたものの、通用する筈もなく、厳しい目で見つめられる。 「まぁ、真ちゃんが残って練習すんなら、オレも残って練習したいし?」 「オレとアイツとどっちが大事なんだオマエは」 「そーゆーのは比べるモンじゃねーだろ?」 「今出来なければ今後も出来ないままだとオレは思うがな」 緑間はそう言うと後は知らんと言うように、またゴールの方へ行き、黙々とシュートを打ち続ける。 それを少しだけぼーっと眺めていると、視界の端に見間違えやしない、今悩みの種のあの子が目に入った。 ジャージ姿ではあるが、体育館の鍵を持っているということは、もう帰るのだろう。 体育館に残っていたオレと緑間を交互に見て、きっと緑間の方に行くだろうと思っていたら、オレの方に向かって来たので、驚きと嬉しさで形容し難い顔になるのを、なんとか堪える。 「高尾くん。鍵お願いしてもいい?」 「あー……」 いつでも真っ直ぐオレを見つめてくる彼女に目を合わすことが出来ず、視線が宙を彷徨う。 情けねーなぁもう!緑間にまであんだけ言われて何やってんだよオレ! 「……ワリ。オレもう帰るから」 「あっ、そうなんだ。ごめんね、お疲れ様〜」 「いや……もう帰り?」 オレが横目でなんとか彼女の表情を見つつそう訊くと、驚いたように瞳が大きくなる。 それから嬉しそうに笑って答える顔が可愛くて、どもらないように喋るのが精一杯だった。 「うん!そうなの!今日は早い方だから嬉しくて〜」 知ってるよ、なんて思ってしまうほど彼女のことを見ている自分が少し気持ち悪い。 彼女の背後にいる緑間が、彼女からは見えないのをいいことに、シュートを打つ前にこちらをひと睨みしてくる。 その目はさっさと言えと訴えてきていて、目の泳ぐオレに彼女は不思議そうな表情を浮かべた。 「……あの、さ」 「なぁに?」 「えーっと……その……」 「ん?」 「……帰り、1人?」 「? うん、そうだよ」 「……送る」 「え……?」 「ほら、暗いから、あぶねーし」 彼女は目をぱちくりさせて、え?とまた繰り返す。 やはりオレからのこんな提案に驚いたのか、返事が中々来ない。 「……いいの?」 「……別に、嫌なら言わねーし」 「あ、ありがとう!」 じゃあ急いで着替えてくるね!なんて更衣室の方へ向かおうとした彼女が、思い出したように立ち止まって、くるりと振り返った。 「わたしも昨日、一緒に帰ろうって言おうと思ってたんだ!」 満面の笑顔でそう言うと、小走りで去って行く彼女の背中を見ながら、今の言葉を反芻する。 え、マジで?じゃああのクラスの子の誘い断ってたら、オレのこと誘ってくれてたわけ? 「顔が緩んでるぞ。気色悪いのだよ」 「ちょ、真ちゃんひでぇ!」 シュートをやめてこちらを見る緑間は呆れ顔だ。 顔が緩んでしまっているのはその通りなので仕方ないが。 「さっさとオマエも着替えて来い」 「あっ、そうだった!ありがとな!真ちゃん!」 「ふん。これ以上世話を焼かせるな」 「ほんと感謝してんから!マジありがとう!」 まさか、恋愛事で緑間にこんなに助けてもらうなんて思わなかった。 今度飲み物でも奢ろう、どうせおしるこだろうと思うけど。 「ごめんね!待った!?」 慌てて着替えて先に体育館前で待っていると、パタパタと走り寄ってくる姿に、心の中ではにやけ顔だ。 「いや、大丈夫」 「ほんとに?」 「……なんで?」 「高尾くん優しいから、気遣ってそう言ったのかなーって」 「あぁ……ほんとにそんな待ってねーから」 てゆーか、ぶっちゃけ一緒に帰れんなら何時間でも待てると思う。 オレいい加減気持ち悪いな、ほんとに。 やはりオレからは話題の提供なんて出来なかったけれど、彼女が色々話してくれるので会話は尽きない。 彼女の声に聴き入ってるだけで、彼女のことがまた1つ分かるなんて、なんて贅沢なんだろう。 「てゆうか、わたしばっかり喋っちゃってるけど、高尾くんわたしと帰ってて楽しい?」 「まぁ……」 「ほんとに?」 「ほんとに」 「高尾くん優しいからさ、一緒に帰ってくれてるのかもしれないけど……別に無理しなくても大丈夫だよ?」 「そんなこと、」 「だって……高尾くん、わたしのこと嫌いでしょ?」 「……」 今まで見たことはなかったけれど、どう見ても悲しそうな表情を浮かべた彼女が言った言葉に、返す言葉が見当たらず押し黙る。 彼女がそう思っていることは緑間から聞いていたけれど、まさか本人に直接言われるとは思わなかった。 そんなことないと言いたいところだが、明らかにオレの態度は彼女から見たら素っ気ない。 「嫌いじゃ、ねぇよ」 それしか言えない自分が情けない。 彼女もまさか信じる訳もなく、泣き出してしまうんじゃないかという顔で反論する。 「でも高尾くん、わたしには素っ気ないよね?高尾くんが笑顔で喋らないの、わたしにぐらいだよ?わたし、なんかしちゃった?」 「……してない、けど、」 「けどなに?」 少し食い気味に問いただされて驚く。 言い逃れが出来る雰囲気ではなかった。 いつもだったら都合の悪いようなことは、はぐらかせばはぐらかしたままで受け入れるのが、それで仕方ないと納得して甘やかしてあげているのが、彼女だというのに。 それだけ気にしてくれてるのだと思うと、不謹慎にも嬉しいと感じた。 「別に、なんも悪くねーって。嫌なとこがあるとか、怒ってるとかじゃないから、ほんとに」 「じゃあなんで!?」 「え……」 声を荒げた彼女の瞳から涙が零れてギョッとする。 彼女自身も驚いたのか、慌ててハンドタオルをカバンから取り出し、目の下に当てて謝る。 「ご、ごめん……つい熱くなっちゃって……」 「いや……」 「わ、たし、高尾くんと仲良くなりたい、のに、高尾くん、わたしにだけ冷たいってゆうか、全然、素っ気ないし、なんかもう、悩んでもなんでか、わからなくて……何か悪いとこあるなら、言ってくれれば、なんとかするからっ」 しゃくりあげながらそう言うと、タオルに顔を埋めたので、表情が見えなくなってしまった。 それでも震えている肩を目にすれば、泣いているのは明白だった。 どうしよう、彼女が悪い訳じゃ全然ないのに。 寧ろ、完全にオレが悪くて、勝手にオレがテンパってるだけで。 罪悪感に苛まれる中、思わず浮かんだのは緑間の呆れた表情。 マジ助けて真ちゃん、と、心の中で助けを求めると、腹をくくれと言われたような気がした。 それは自分でも思っていて、彼女をここまで悩ませてしまったのだから、正直に言うしかないのだろう。 どうせこのままなあなあにしたところで、彼女との仲が進展することはないだろうし、言ってしまった方がオレも彼女もすっきりする。 「……ほんとに、全部オレが悪くて……」 そこまで言うと、彼女は恐る恐るこちらを窺うように、タオルから顔を上げた。 赤くなってしまった目は、可愛さを感じさせるけれど心が痛む。 「……オレさ、ほんとは、最初嫌いだったよ。確かに」 「うん……」 「でも、全部オレの思い違いっつーか、勝手な先入観で……」 拙い言葉で、ちゃんとした言葉になっていたかも定かではないけれど、思っていたことを全部口に出した。 最初は八方美人でミーハーな女子だと思って距離を置いたこと、すぐにそれは勘違いだと気付いたこと。 一生懸命オレ達の為に動いてくれてるとこ、周りをよく見て上手く調和させてるとこ、真っ直ぐで素直なとこ、その他にも沢山あるけれど。 「そういうとこが……好きで。でも、今更そんな、馴れ馴れしく話しかけらんなかったっつーか、その、さ」 緊張していたというのも勿論あったけれど、人の目をよく見て、しっかりと話を聞いているその姿に、まるで吸い込まれてしまいそうだった。 饒舌に話せばボロが出そうで、気持ちが口から簡単に零れ落ちてしまうと思った。 「でも、いい加減このまんまじゃいらんねーし……緑間に、手繋がれて帰ってるとこ見て、そのまま見てるだけなんて、やだから、今日は、その、誘って……」 「ちょ、ちょっと待って……」 顔から火を吹きそうで、途中で彼女を視界からフェードアウトしていたのだが、ストップを掛けられてようやく目に入れると、真っ赤でまた泣きそうな顔をしていたので、心臓がもたないと目を反らした。 「そんな、そんな風に、もう!恥ずかしいからほんと、もういい!わかったから、もう言わないで!」 やだやだやだ、と独り言を呟いて、そわそわというか、もじもじしている。 可愛いけれど、こんなにもこっぱずかしい告白をした後だから、それを落ち着いて眺めるゆとりなんてない。 お互いそれから何かを喋り出すことが出来なくて、そうこうしている内に彼女の家に着いてしまったようだった。 「……わたし、家、ここだから……」 「あぁ……」 「……ええっと、その……今日はありがとう、送ってくれて」 「いや……」 「そ、れでね、あの……よかったら、連絡先、交換できないかな……?」 「え……」 「わたしも、その、高尾くんいいなって思ってて、仲良くなりたいなって、思ってたから……お互い、もっとよく知る為にも、幻滅させちゃうかもしれないけど、とりあえず、高尾くんと、仲良くなりたい、です……」 彼女のその発言に、試合で勝った時のように思い切りはしゃぎたい衝動に駆られた。 笑ってもちろん、なんてスマートに答えたかったけれど、やはりオレにはまだ無理なようで、ぎこちなく頷いて連絡先を交換する。 「じゃあ、高尾くん、お疲れ様。また明日」 「! また、明日……」 微笑んでひらひらと手を振る彼女に、オレも喜びを噛み締めながら手を振る。 彼女の家の扉が閉まって、姿が見えなくなったところで、自分の家へと踵を返した。 彼女の挨拶に、いつものお疲れ様だけじゃなく、また明日という言葉があったことに、ニヤつきながら。 明日からの日々が楽しみでならないが、早速メールを送ろう。 メールならまだ話しやすいから、いろいろな彼女を知りたいし、オレのことも、知って欲しい。 好きになってもらえるといいなぁ、なんて思いつつ、それよりまずは真ちゃんに報告しようと、電話帳を開いた。 (20121027) ×
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