暑い夏も終わり、秋が始まって少しすると、彼女はオレと帰るのをやめようと言い出した。 「え、なんで?やっぱり、待つの退屈?」 中学の頃から彼女と付き合っているのだが、高校に入学してからはお互い中学以上に部活が忙しくて、中々一緒にいる時間がなかった。 なので、部活の終了時間は大体オレの方が遅く、更に自主練で残ってしまっているのだが、彼女の予定さえ大丈夫であれば待つと言ってくれたのが、まだ春の頃の話だ。 「そういう訳じゃなくて……自主練とかして暗くなっちゃった時は、高尾くん毎回わたしのことお家まで送ってくれるでしょ?高尾くん疲れてるのに。でも、送らなくていいよって言ったって、高尾くんがわたしのこと1人で帰すなんて絶対ないと思うから、そしたら、わたしが早く帰るしかないかなって」 「いや、送るくらい全然大変じゃねーって!」 「でも、少しでも早く帰って寝た方がいいよ。だって……次は勝つんでしょ?」 わたしのことは気にしないで、集中していいから。 そう言った彼女は、寂しそうな、でもそう決めたのだと、そんな笑顔を浮かべていた。 ウィンターカップが終われば、先輩達は引退。 その前に、ウィンターカップの予選では、誠凛に雪辱も果たさなければならない。 「……ワリ」 「いいよ、応援してるから。がんばって」 彼女が浮かべた笑みに安心して、その日から一緒に帰ることはなくなった。 それから、彼女との関わりは格段に減少した。 クラスも違うから、校内で話すことはほとんどなくて、寧ろ見かけたらいい方。 休日も部活三昧で、彼女も部活があるから中々休みが合わず。 それでもメールはそこそこしていたのだけれど、本格的に大会が近付くと、返信が途切れ途切れになってしまっていた。 そんな最中、ウィンターカップの予選が終わると、ようやく休日が被って、彼女と会えることになった。 久々に会った彼女は知らない間に髪の毛を切っていて、見慣れない姿に少しドギマギした。 「試合、観たよ」 「え、マジで?連絡くれりゃよかったのに」 「忙しそうだったから」 「あ……返信、あんま出来なくてごめん」 「わかってるから、大丈夫。謝らないで」 彼女の笑顔はいつもオレを安心させるのだけれど、今日はそう笑顔で言われても申し訳ない気持ちでいっぱいで、なんだかしっくり来なかった。 久しぶりに会う彼女の、見た目だけじゃなく、何かが変わったような、そんな気がして、帰り道の途中で思わず聞いてしまった。 「……なんかあった?」 「え?なにが?なんもないよ?」 「ホントに?」 「うん。なんで?」 「いや、なんか……久しぶりだからか、なんか……」 噛み合わせが悪いというか、なんというか。 でもそんなことを言って別れ話になるのは嫌だった。 オレは変わらず彼女の事が好きだから、例えあまり会うことは出来なくても、だから別れるなんて、みすみす他の男に彼女をやるなんて、考えられない。 「今日ね、話があったの」 「話?」 「うん。そろそろ言おうと思ってた」 オレと彼女の家の分かれ道、いつもは家まで送って行くというのに、そこで立ち止まった彼女は笑みを浮かべて言った。 「別れようか」 「は……?」 その笑みは最後に一緒に帰った時に浮かべていたものと、同じようなもので。 「なんで?オレのこと、」 「好きだよ。でも、だからこそ、わたしのことは気にしないで欲しいの。休日はゆっくり休んで欲しいし、メールの時間も、割かなくていい」 「別に、休日はオレも会いてーし!メールも、そりゃ、返せない時もあるけど、面倒なわけじゃ、」 「でも、会わなくても、部活に支障が出る訳じゃないでしょ?愛してくれてないとか、そういうことじゃなくて。会わないからって、高尾くんにマイナスになることはないんだよ」 「そりゃあ、まぁ……でも、それとこれとは違うだろ!?」 「ちがくないよ。わたしに割く時間は、今高尾くんに、必要ない」 高尾くんが好きだから、高尾くんの負担になりたくない。 その言葉に負担じゃないと返したところで、彼女はわたしに時間を割くよりも、割かない方がいいに決まってる、と言うだろうし、彼女の言ってることは、正しいといえば正しい。 簡単に言えば会わない分寝てる方がそりゃ身体は休めるし、会いたいという気持ちだけの問題じゃないと言いたいんだろう。 「それでも、オレは、他の奴に名前を渡したくねーんだよ」 「……気持ちなんて、移り変わるものだよ。別れたら割り切れるから、大丈夫」 「こんな別れ方で割り切れって方が無理な話だろ!」 「じゃあわたしが引退するまで待ってたら、また高尾くんはわたしを見てくれるの!?まだわたしを好きでいてくれるの!?わたし達3年生になってるんだよ!?」 「……んなのわかんねーよ」 「なら、」 「未来のことなんてわかんねーだろ!でも少なくともオレはずっと、名前と一緒に居るつもりだし、今はあんま会えねぇかもしんねーけど、いずれ毎日一緒に暮らしたいって思ってる!だから、今は別れたいなんて思ってねーし、それでも気にすんなら、距離置けばいいんじゃねーの?そしたらお互い、好きじゃなくなるかもしんねーけど、少なくともオレは、好きなままなら名前を諦めない。名前が他の奴好きでも、絶対またオレのこと好きになってもらうし、大体名前オレのこと好きなんだろ?別れたらお互い、辛くなるだけじゃね?それとも、オレへの気持ちってそんなもんだった?」 好きでも好きだから別れる、と結論を下した彼女の、オレへの気持ちが軽いわけない。 そして、軽いプロポーズまでしてしまったが、未来なんて確かにわからないけれど、今のオレが未来まで考えてることは、彼女の中の不安を消しされたはずだ。 「ごめんな。自信、なかったんだろ?」 「高尾くん……」 「別れるんじゃなく、最初は距離をおこうと、思ったんだろ?」 「……うん。そしたら、高尾くんがその後も、好きでいてくれる自信が、なかった。でも、高尾くんが謝ることじゃ、」 「いや、オレが悪いって。名前の気遣いにオレ、そのまま甘えてた。言わなきゃ伝わんねーよな」 公共の場ではあるが、周りに人が居ないのを良いことに抱き締める。 いつもだったら慌てる彼女も、今日はされるがまま。 「いつもオレのこと考えてくれて、ありがとな。もうちょっと甘えるけど、終わったらめいいっぱい甘やかすから、許して」 「うん……」 「だからさ……オレを、捨てないでよ」 「……高尾くん、ずるい」 「えぇ?」 「……だって、そんなの、離れられないに決まってる」 ぎゅうっと抱き締め返してくる彼女に、つい笑みが溢れる。 もちろん本心だけれど、わざわざ口にするのは、彼女を決して失いたくないから。 こう言えば彼女が離れる訳ないと知っているから、その為ならずるかろうがなんだろうが構わない。 「ごめん。逃がしてなんてやれねぇわ」 (20121023) ×
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