緑間くんに高尾くんのことを相談をしたその日、帰りのHRの席替えで、なんと高尾くんの隣の席になった。


「高尾くん、隣だね!よろしく」


元気よく話し掛けてみたものの、あまり色良い返事は期待していなかった。


「ーーよろしく」

「……え?」


ところが、まさかの返答。
やっぱり他の人相手に比べたら、随分テンションは低いんだけど。
きっと、あぁ、とか、そう、とか、生返事か軽く流すかだけだと思っていたから、思わず高尾くんから目を離せないでいると、わたしの視線が痛かったのか、ただでさえ前を向いていた顔は、反対側へと向いてしまった。

もしや、これがおは朝占いの力!?
人事を尽くした結果!?

よくわからないけれど、とにかく今日は高尾くんの機嫌が良いのかもしれないから、積極的に話し掛けよう、と意気込んだ。
まぁ意気込んだところで、もう部活の時間しか機会がないのだけれど。


____________________


「モップがけめんどくせー」

「ホントだよなぁ。マネージャーやっといてくんねぇの?」


少し前を歩いていた1年生のそんな会話が聞こえてきて、つい立ち止まってしまった。
マネージャーというのは、正直あんまりイメージがいいものではない。
モテたいだけでしょ、みたいによく思われがちであるし、わたしの場合、バスケについてはルールもほとんどわからないまま入ったから、尚更そう思われていると思う。

マネージャーになった理由は、たまたま中学の委員会で同じだった大坪先輩から、良かったら人手不足だからやってくれないか、と頼まれたからであった。
最初は断ったのだけれど、とりあえず体験だけでも、と連れて行かれた先のマネージャーの先輩方が、とても良い方達だったから、つい引き受けてしまったのだ。

本当に雑用が多くて多くて、部活が始まってからテキパキと動かないと、時間内に仕事を終わらせることは難しい。
特に後輩は大変だったり、少し手間のかかる仕事なんかを、率先して引き受けるのは当たり前。
その上、ただでさえ部員数は多いのにマネージャーの数は少ないから、結局1年生のマネージャーはわたしだけになってしまった。
このハードさに辞めてしまった子たちに、よく続けられるね、なんて言われることもしばしば。

とにかく、モップがけもマネージャーとして手伝いたいのは山々だけれど、部活を円滑に進める為の他の作業がたくさんあるし、人手も足りない。
それでも申し訳なく思って、わたしも手伝おうかと声をかけようとしたら、高尾くんの言葉に飲み込まれた。


「まぁまぁ、オレらはいつもマネージャーの人たちに世話になってんだから、そんくらいやろーぜ?」

「でもよぉ」

「オレらの為にあんだけ動き回ってくれてんだから、感謝しろって」

「そりゃまぁ、感謝はしてるけどな」

「モップがけは大変だし、しかもガッツリやらねーと宮地さんに怒られんだぜ?ありゃ任せらんないだろ」

「それは確かに!」


ヘラヘラと笑って自然に、男の子たちを納得させる高尾くんはやっぱり凄い。
わたし達のことを感謝してくれて気遣ってくれてるのも伝わって、ますます高尾くんと仲良くなりたいと思った。


____________________



「で、何故それをオレに報告するのだよ」


結局昨日は私も忙しくて、高尾くんにお疲れ様も言えなかった。
なのでその後なにがあったのかを、相談に乗ってもらった緑間くんに伝えると、呆れたため息と共にそう言われた。


「結構ね、高尾くん人気高いんだよ。まぁ、当たり前だけど。だから女の子の友達に言ったら、マネージャーだからって自慢すんなって取り合ってくれないんだよね。みんな高尾くんに嫌われてるって言ってもわかってくれないし、仲良くなりたいなんて言ったらふざけんなって言われそうだし、緑間くんしかいないんだ」

「全く、女子はくだらないのだよ」

「あははっ、緑間くんにはそう見えるかもね」

「オレにどんな答えを求めているのかは知らないが、とりあえず悪いのは高尾だろう」


今日初めて緑間くんとお昼ご飯を食べてみると、緑間くんはお箸の持ち方がとても綺麗な事に気が付いた。
緑間くんのことを変な人だと言う人も多いけど、彼の中でこだわりが色々あるからそう見えるだけだと思う。
所作一つ一つが落ち着いていてとても同い年には見えないから、こんな相談にも答えてくれそうだな、という思いがあった。


「なんで?」

「高尾の態度が大人げないと思わないのか」

「う〜ん……でも、わたしがなんかしちゃったなら、しょうがないんじゃないかなぁ」

「オマエはいつもヘラヘラしてる高尾が素っ気なくなるくらいの事をした覚えがあるのか」

「……ないと思う、けど、最初からあんな感じだったし。やっぱり、わたしがルールもよくわかってないのに、マネージャーやってるのが気に食わないのかなぁ」

「ふん」


緑間くんは呆れるどころかバカだな、と蔑むような目をして鼻を鳴らすと、お昼を食べ終わったからか、あらかじめ買っておいたらしいおしるこを飲んでから口を開いた。


「オマエの仕事ぶりを見ていてそんな事を思っているような奴は、ただのバカだ」


やっぱりバカだと思われていたみたいだ。


「オマエの中でアイツはそんなバカなのか?」

「や!高尾くんはバカじゃないよ」

「なら、そういうことだ」

「えぇっ?どういうこと?」


何か知っているんじゃないかと思うくらい意味深な緑間くんの言葉に、わたしは謎が深まるばかりだ。


「オレからしたらアイツはバカだがな」

「なんで?」

「高尾に聞いてみろ」

「え、高尾くんに緑間くんがバカだって言ってたけどなんでって聞くの?そんなこと聞いていいの?」

「アイツもそう言われたら少しは改めるだろう」

「えー、ほんとにー?」


終始呆れ顔の緑間くんに、これ以上相談するのは申し訳ないかな、と、ここら辺でこの話はやめることにした。
今日は高尾くんと挨拶以外にも、何か話せるといいな。



(20121012)

×