その女は至って普通の顔をしていた。
それは美しさだとかそういう意味でなく、表情の上において。

遊女と言うと大抵2パターンに分かれる。
今の自分の人生に絶望し、無気力で何もかも諦めたような顔をしている女か、自分は可哀想だけれども、その中で強く生きているのだと、不貞腐れた澄まし顔をしている女。

だが、その女はどちらとも違った。
遊女ではなく、まるでそこらの町娘のような顔をして座っていたのだ。
一瞬目が合い、少し興味が湧いたが、その時はあまり機嫌も良くなかったので、別段話し掛けるでもなくその場を通りすぎた。

再会、と言っても前に目が合っただけで、こちらが一方的にそう思っているだけかもしれないが、とにかく俺的には再会した時には、機嫌も良かったし、何より彼女の事を覚えていた。
それだけで、彼女に話掛けてみよう、と思うには十分だった。


「やあ」

「今晩は」

「君は、これからどうするの?」

「え?」

「夜王鳳仙は死んだ。君たちはもう、自由の身だ」

「……」

「信じられないかい?」

「まぁ……あの鳳仙様ですから……けれど、これだけ騒がしいということは、本当なのでしょうね」


浮かない顔をしてそう言った女は、この騒ぎに乗じて次々に店から飛び出す遊女たちの中、一人その場から動かなかった。


「嬉しくないのかい?」

「……私は遊女でなくなったら、どう生きていけばいいのかわかりません」

「遊女であることに不満じゃなかったんだ?」

「生まれた時からここで生活していましたから、これが私には普通でした」

「でも、他のみんなは生まれた時からこの生活ってことに、納得いっていないようだけどね」

「そうですね。何故でしょうか」


純粋に疑問だ、という顔をしている女を見て思った。
あぁ、この女は憐れなんだ、生まれた時の境遇を、おかしいと思うことすら出来ないのだ、と。


「君は可哀相なんだね、とっても」

「周りの方から見たら、そう思われるんだろうな、とは思いました」

「そして、愚かなんだろう?」

「そうですね。私の考えは普通じゃありません、異常です。でも、もし町娘に生まれていたら、なんて、私にはどうでも良くて、身体を売ることも、それが当たり前なので、なんとも思えないんです」

「自分を可哀相だとは思わないけど、愚かだとは思うのかい?」

「私は今、哀しんでいる訳ではないので、可哀相だとは思いません。でも、この考えは愚かなんだと思います。向上心の欠片もなく、現状に満足し切っていて、苦しむこともなく、生きています。しかも、自己保身の為にそう思っているのではなく、心の底からそう思っていることは、私をみんなから異常だと浮き彫りにします」


町娘のようだ、と思ったのは、町娘のように、この女はロクに辛い事も経験していないだからだ、と思った。
いや、本当はしているはずなのだけれど、それにこの女が気付いていない。


「けれど、これからは私も苦しみを知るのでしょう」


心底嫌そうな顔をする。
みんなのように苦しみを知りたいのではなかったのか。


「苦しみを知るべきだとは思います。けれど、私自身は知りたいとは思いません。愚かなまま生きていたいです」

「うーん。どうしよっかな〜」


多分、この女を連れて行けば、この女は愚かなまま過ごす事が出来る。
でも、たまたま出会った女にそんなことをしてやる理由はないし、ただの町娘と同じなのだから、面白くもなんともなさそうだ。


「どうして自由になろうとするのでしょう。自由になったところで、地上に出て暮らすことなんて、長らく地下にいた私達に、出来る筈がないのに。今回鳳仙様を倒したのは、月詠様一人のお力じゃない。結局、頼らないと何も出来ないのに、どうして現状に文句など。弱者は願うことすらそもそも無意味。全てを変えていけるのは強者だけ、支配される私達は、愚かであればそれで幸せに暮らせるのに」


余計なことをしてくれた、無駄に賢いとこれだから、とでも言う風に、女は長く呟いていた。


「見ていてホントに可哀相になっちゃったから、良かったらおいでよ。俺が支配するから、お前は何も考えなくていいよ」


その代わり、気まぐれで殺しちゃっても許してね。
そう言うと、彼女は恋に夢見る少女のように笑った。


「幸せなまま殺されるなら、本望です」



(20120929)
やっぱり私にはこういう話を書くのは向いてないですね。まだまだ力不足です。

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