「なあ」

「……え、私?」


クラスの、というより学校中の人気者、丸井ブン太くんに話し掛けられた。丸井くんとの関係は、席が近くなった時にハサミを貸した事があるくらいの関係で、話し掛けられる用なんてこれといってない筈だ。
丸井くんの少し後ろにはこちらをちらちら見ている仁王くんがいて、一体何事だと頭は必死に心当たりを探し、男の子となんかほとんど話さないから、緊張で震えそうな声をなんとか保とうとした。


「そ、お前」

「……なに?」


いきなり馴れ馴れしくお前と呼ばれて、少し驚いた。ときめきはしないが気分を害した訳でもない。ただあまり経験がなかったから些か戸惑った。


「あのさ、バイトしてる?」

「え……うん」


なんで?とは聞けなかった。私がバイトしていることは、仲の良い友達にしか話していない。隠しているという訳ではないが、聞かれてもいないのにわざわざ言うことでもないし、実際恥ずかしいのであまり言いたくはない。なのに丸井くんに聞かれたということは、丸井くんに見つかったということかもしれない。頭が混乱して言葉が出て来なかった。


「やっぱり!コンビニだよな?あそこのさ…」


そう言って説明された場所は、確かに私の働いているコンビニだった。俺あの辺に住んでんだよ、とだけ言って、丸井くんは仁王くんと話し始めた。


「ほら!あってただろぃ!俺自転車から見てたんだぜぃ」


仁王くんは得意気にそう言う丸井くんに近付き、私をまじまじと見つめて首を傾げた。どうやらその時仁王くんもいたらしい。


「せっかくかわいいのに、なんであんな濃い化粧しとるん?」

「……え」


質問なんて全く耳に入らなかった。今この人、なんて言った……?数秒見つめ合ったまま固まっていると、丸井くんが間に入り込んだ。


「仁王!何口説いてんだよ!」

「口説いとらんよ、そんな横取りみたいなこと…」

「仁王っ!!」


顔を真っ赤にして仁王くんの言葉を遮った丸井くんは、そのまま私の方へと向き直り、気にしなくていいから、と早口で言った。


「う、うん」

「いや、こっちは気になるんじゃけど。なんであんな濃い化粧なん?悪いけどなんかキャラ違うじゃろ」

「……お姉ちゃんの、影響で……」

「でもこの前学校ない時に見掛けたんじゃが、そん時は薄かったぜよ」

「……えっと、友達と遊ぶ時は、ナチュラルメイクなんだけど……その、1人の時とかバイトの時は、ギャルメイクなんだ……」

「ほーう。随分印象変わるもんやの。わからなかったぜよ」

「だから言っただろぃ。俺が苗字を間違える訳ないって」


その言葉につい心臓が高鳴ってしまった。全く自意識過剰だ。別に丸井くんは深い意味で言った訳ではないだろうに、頬に熱が集まるのがわかる。


「恥ずかしいこと言うのう。苗字ちゃん赤くなっとるぜよ」


仁王くんの言葉で更に顔の熱が増した気がした。丸井くんの頬にも朱が差し、仁王くんにつっかかる。


「仁王が変なこと言うからだろ!」

「ブンちゃんが苗字ちゃんの彼氏みたいなこと言うからじゃろ」

「は!?苗字彼氏いんのっ!?」

「……苗字ちゃん驚いとるよ」


物凄い剣幕で丸井くんに聞かれて思わずぽかんとしてしまった。すると仁王くんが苦笑いをして、言い方が悪かったと言った。


「ドラマにありそうな台詞じゃろ。だからブンちゃんが苗字ちゃんの彼氏みたいって意味ぜよ。けど苗字ちゃん彼氏おった?」

「う、ううん。まさか」

「彼氏いたことは?」

「……ない、よ」

「ふーん」


心なしか頬の緩んだ丸井くんを肘で突いて、仁王くんが何か言った。するとすぐに赤くなり、丸井くんは慌て出す。女の子との噂が絶えない丸井くんだから、こんなにすぐ恥ずかしがったりするのはなんだか可愛く見えてくる。


「あの、さ……」

「……ん?」

「……アドレス、教えてくんね?」

「え……メール?」

「……嫌?」

「……ううん、別にいいよ」


あの丸井くんとアドレスを交換することになるなんて。絶対友達に羨ましがられる。でもそういえば私、男子とメールしたことないんだよね。まぁ、向こうからメールが来ない限り私から送ることもないと思うけど、丸井くんが私に用事ある訳ないだろうし。じゃあなんで交換したんだろう。でも今さらなんでなんて聞けない。
そのままチャイムが鳴って、丸井くんと仁王くんは自分の席へ戻って行った。すると授業が始まってすぐに携帯が震えた。メールは丸井くんからで、いきなりごめんとだけ書いてあった。わざわざ謝ることじゃないのに律儀だと思う。
私の中での丸井くんのイメージが、ゆっくり変わっていくように感じた。


(20100715)
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