私の彼氏の黒子くんは、大人しそうで影の薄い、一見冴えない高校生なのだけれど、実は意外と肉食系。


「さむいねー」


黒子くんの部活が終わってから一緒に帰る帰り道はもう真っ暗で、昼間はまだ太陽のお陰でなんとかなる寒さも厳しくなっている。
両手を擦り合わせながらそう言った私に、けろっとした表情のまま黒子くんは手を広げて言ってのけた。


「温めてあげましょうか?」

「ええっ!?だっ、大丈夫!!」

「そうですか?遠慮しなくてもいいのに」


至極普通にこんなことを言ってくる黒子くんの言動に、いつも私は振り回されている。


「じゃあ代わりに、手でも繋ぎましょうか」


あまり黒子くんは表情を大きく変えるタイプではないから、小さく微笑むと私の手を取った。
私の冷たい手が黒子くんの温かい手に包まれて、手と共に顔の温度も上昇する。


「まだ、慣れないですか?」


手を繋ぐことが恥ずかしいというよりは、自然にやってのける黒子くんに翻弄されているのだけれど、黒子くんは私の顔を見てクスリと笑うとそう言った。


「な、なれてるよ!」

「顔、赤いのにですか?」

「っ〜!そんなことないって!」

「でも、赤いですよ」


ぴたっ、と繋がっていない方の手で私の頬に触れた黒子くんに、また身体の熱が上がって、もう容量オーバー。
外気に触れる皮膚は確かに冷たいのに、身体の中が熱くて堪らない。


「くっ、くろこくん……も…だめ…ごめんなさい…」


素直に負けを認めると、表情はあまり変わってないものの上機嫌なのが伝わって、なんだか悔しかった。
いつだってこんな感じの黒子くんに、恥ずかしくないのか、女慣れしすぎだ、と訴えたことがあったが、ヤキモチですか?なんて黒子くんは嬉しそうにしていた。
その上、「今まで誰かとお付き合いしたことがないから、これがボクなりの愛情表現なんです」なんて言われちゃったら、もう、何も言い返せなくて。

あれ?じゃあ私も、私なりの愛情表現だと少し大胆に行動すれば、黒子くんを照れされることが出来るかもしれない。
でも、今こうやって手を繋いでいることにすら、少しドキドキしているのに、一体何が出来るのだろう。

様子を伺うように黒子くんを見上げると、どうしました?と小首を傾げて聞いてきた。
ううん、なんでもない!と慌てて首を振ると、あんまりジッと見つめられると照れます、なんて、本当に思っているのかと言いたくなるような真顔で言われた。
黒子くんを照れさせることなんて果たして私に出来るのかどうか、途端に自信がなくなってしまう。


「好きですよ」

「えっ!?な…突然どうしたの!?」

「なんだか言いたくなりました」

「も…なにそれ……」

「あと、その顔がもっと見たくなったので」


クス、と笑われてまた体温が一気に上昇する。
本当にこういうことを何気なく言ってしまうのだから困る。
いつだって黒子くんは、言った本人も言われた本人も恥ずかしくなるような台詞を、さらっと言ってのけるのだ。
となると、もしかしたら、普段は滅多に私から言わないようなこっぱずかしい台詞を、今さらっと言ってみたら、黒子くんも吃驚して頬を染めるんじゃないだろうか。
そういえば、と黒子くんに告白した時のことを思い出せば、確かに好きだと伝えた時は恥ずかしそうな表情を浮かべていた。


「黒子くん!」

「? なんですか?」


思いついたらその勢いのまますぐに行動しないと、私のことだから恥ずかしくなって結局実行に移せなくなってしまうので、くいっと繋がれた手を引き寄せながら呼びかけた。
優しくこちらを見た黒子くんと目が合って照れが生じ、一瞬怯んでしまったけれど、私は、こうやって真摯に向き合って、私を好きだと伝えてくれる、黒子くんのことが。


「好き」

「…はい?」


黒子くんのことを知らない周りから見たら、よくわからないであろうけれど、黒子くんは一瞬固まって目を見開いた。
してやったり、と満足気に笑みがこぼれそうになったところで、黒子くんは面白そうに笑みを浮かべた。


「……すみません、聞こえませんでした。もう1回お願いします」

「えっ……」

「今、なんて言いました?」

「もっ…もう!絶対聞こえてたでしょ!」

「いえ、よく聞こえなくて。すみません」


確実に聞こえていたであろうに、黒子くんの方が1枚上手だった。
嬉しそうに頬が緩んでいる顔が憎たらしい。


「もっ、もう言わない!」

「そうですか、残念です。まぁ、僕は愛してますけどね」

「あっ…あいっ…!?」


結局、してやったり顔を浮かべたのは私ではなく黒子くんだった。
1枚どころか2枚も3枚も上手な黒子くんに、頬を膨らませたいところだが、そんな余裕もない。


「聞こえませんでした?愛して、」

「きっ聞こえてる聞こえてる!」

「なら良かったです。可愛い顔も見れましたし」


ちゅっ、とさり気なく頬に顔を寄せて口付けた黒子くん。
もう私の顔はとても見せられたものじゃないくらい、恥ずかしさでだらしのない顔をしているだろう。


「くっ、くろこくんのばか!」

「嬉しかったので、つい」

「う、うれしいからって…そんな、いきなり…キ、キ、キスするのは…!」

「ほっぺだからいいかなと思いまして」

「よくない!もうっ、黒子くんなんか…!」

「きらい、ですか?」

「う……」


しゅん、とした表情を見せた黒子くんに、嫌いなんて言える筈がなかったし、そんなこと思ってもいないから、実際、黒子くんなんか、の後に何を続けていいかも迷っていた。


「す…すき…だけど……」

「僕もです。まぁ、好きというよりは愛しているんですけど」

「もっ、もうそれはいいから!!」


黒子くんを照れされるのは、どうやら私にはとてもとても難しそうだ。


(20121216)
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