オレが海常へ行く事が決まった時、さて、住む家をどうするか、という話になった。
家から海常までは通えないこともないのだが、練習の負担になるだろうし、近くに住む方がいいだろうということだった。
けれど、一人暮らしは一人暮らしで、家事やらなんやら大変である。
経済的な面でも家に負担がかかるし、なんて悩んでいたところを、おばさんがあっけらかんと言い放った。


「彩女と住むのはどうかしら?」

「は……?」

「ウチもね、神奈川の大学に通うから、一人暮らしをさせるかどうか迷ってたんだけど、二人で住めばなんだって費用半分じゃない?それに、家事だって涼太くんは忙しいだろうから、彩女がやってくれるわよ」


いやいや、マズイってそれは。
年頃の男子高校生と華の女子大生が、一つ屋根の下で生活なんて、誰がどう考えてもマズイ。

彩女っちとは、幼い頃はよく遊んだ記憶があるが、年を重ねるにつれ会うことは減り、母親同士はよく会っているようだが、オレたちはお正月とか、年に数回くらいしか会っていないのだ。
いくら親戚と言えど、友達より会ってない訳だし、何より従姉弟同士って結婚もオッケーな関係だし、よろしくないだろう。

ところが話はどんどん進み、彩女っちまでもが承諾してしまう。
彩女っち曰く、涼太くんがわたしに手を出す気がなければ大丈夫だよ、って、まぁ、そうかもしれないけど、でも。


「涼太くんが彩女に手を出す気なんて起きないわよねぇ」


涼太くんが彩女の旦那さんなら大歓迎なんだけど、と、自分の娘の魅力をわかってないおばさんは笑ってそう言うが、彩女っちは普通に可愛い。
人目を引くような可愛さではないが、見かけたら普通に可愛いな、と思うし、寧ろこのくらいの方が男子としては結構ぐっと来る。
おばさんは自分が美人だからか、多少彩女っちへの評価が世間の目より低いと思う。


「つーか、彩女っちに彼氏がいたら、いくら従姉弟でも、男と住んでるなんて、彼氏いい気分しないっしょ」

「彼氏なんていないから大丈夫よ!まぁ、なんとかなるでしょ!」


おばさんは彩女っちを家から追い出したいのかというくらい、グイグイ勧めてきて断りきれない。
母親も賛成なようだし、誰かおかしさに気付いてくれよ!と心の中で叫ぶ。
すると、その声が聞こえたかのように彩女っちが口を挟んだ。


「でも、涼太くんが嫌そうなら、やめとこうよ」

「あら、涼太くん嫌なの?」

「っ、まさか!嫌な訳ないっスよ!」


彩女っちが申し訳なさそうな顔をするから、彩女っちの事が嫌いな訳じゃないと、熱をこめてそう言うと、ならいいじゃない、と勘違いされた。
しかもおばさんは、間違いがあってもいいわよ、なんて言うから、もうどうにでもなれと思って、結局二人で暮らす事になってしまった。





「ただいまっス〜……」


練習が終わって、くたくたになって家へ帰ると、靴もあるし、灯りも点いていた。

彩女っちが先に家にいる時は、いつもオレが帰ると出迎えてくれて、お疲れ様。ご飯用意してあるけど、先にお風呂入る?なんて、まるで奥さんのようなことを聞いてくる。
でも、本当に花のような笑顔で聞いてくるから、思わずオレもほんわかした気持ちになって、じゃあご飯で、なんて答えるのが、楽しみだったりする。

だが、今日は何故か反応がない。
というか、物音が聞こえない。

どうしたのかとリビングの方、正確にはリビングダイニングキッチンの方へ向かうと、鎮座してあるソファの肘置き付近に、彩女っちの頭が見えた。


「彩女っち〜……?」


帰ってきたらそのまま、ソファで寝てしまったのかな、と、そーっと呼びかけながら近付いて、ギョッとする。
そこには確かに予想した通り、ソファの上ですやすやと眠る彩女っちがいたのだが、問題はそこじゃない。

今の季節は夏、夜であろうと暑くて敵わない。
しかもこの家は、お互い家から居なくなった時点でエアコンを消している為、先に帰った方は暑くて堪らないのだ。
もちろん今は先に帰った彩女っちが、エアコンと扇風機をつけていたので、大分部屋は涼しいが。

学費を払う為、塾講師のアルバイトをしている彩女っちは、今日もブラウスにタイトスカートだった。
しかし、やはり家に着いた時は暑かったのか、上を脱いだキャミソール姿で、しかも、スカートのホックは外れて、チャックも少し下がっている。

恐らく、家に着いてブラウスを脱ぎ捨て、その際にスカートのホックを外し、お風呂のスイッチの方へ目をやると、電源が点いている為、きっとお風呂に入ろうとしたんだろう。
顔の横には携帯もあるし、少し携帯でも弄ろうかと横になったら、疲れが出てきて、そのまま眠りに落ちてしまったということか。


「ちょっと、無理してるんじゃないっスかね〜……」


朝はオレが走りに行く前に起きて、わざわざオレを起こしてくれるし、戻ってシャワーを浴びたら、朝食は用意されていて。
それを食べている間に髪の毛を乾かしてくれたり、色々家事をやったりして、先に家を出るオレに弁当まで渡してくれる。

彩女っちが家を出る時間がオレより後の時は、寝てたって構わないのに。
それを伝えても、わたしもやりたいこととかあるから、夜更かしするより健康にいいし、なんて答える。

その上、朝から晩まで働いて、家事もなんやかんや、ほとんど彩女っちがやってしまう。
オレも手伝うけど、その時はありがとうって、二人で住んでるから当たり前なのに、おばさんの言った通り、家の事はほとんど彩女っちがやっているのだ。

疲れが溜まるなんて当たり前だし、それでそんな格好で寝られちゃ堪らない。
エアコンが点いているから、風邪を引いてしまうかもしれないし、何より、一緒に住んでいるのは男子高校生だって、ホントにわかってる?

彩女っちは小柄で、身長は女の子の平均、がいくつは知らないが、周りの女の子より若干低め。
脚とかも細いんだけど、モデルみたいに細いんじゃなく、健康的な細さで、太ももにはいい感じに肉が付いている。
手首は細っこくて、でも触りたくなるようなふっくらした二の腕は、太くも細くもなく、絶妙な女の子らしさを醸し出している。

ちなみに、桃っちほどではないと思うが、おっぱいも結構デカイ。
いや、桃っちの方が身長とかの関係で大きく見えるだけで、実際カップ数は同じかもしれないけれど。
見えてしまっている谷間を見る限り、Eはあるかも、ってどこ見てんだオレ!?

気持ち良さそうに寝てるから、起こしたくはないけれど、このままじゃ風邪を引いてしまうかもしれないし、上にタオルか何かをかけてあげれば大丈夫だろうか?
この際、ベッドまで運んでいった方が……いや、この格好の彩女っちを抱き上げる?ムリムリムリムリ!

一人で葛藤しているオレの気なんか知らずに、すやすや眠っている彩女っちを見ていると、触れてみたいという気持ちがじわじわと湧いてくる。
肌が白くて、綺麗で、ちょっとだけ、なんて出来心から頬に触ると、すべすべでもちもち。
オレは女の子に触れる機会が結構あって、まぁ、女の子が勝手にひっついてくるっつーか、とにかく、触り心地は今まで触った子の中でも、かなり良い。

でも、頬はファンデーションを塗ってるだろうし、二の腕とか、なんて手を伸ばすと、やっぱりすべすべ、さらさら。
しかも、このずっと触っていたくなるようなもちもち感はなんだろう。

二の腕の柔らかさって、胸の柔らかさと一緒って言うよなぁ、なんて、出来心からやんわりと揉んでみると、うん、確かに、同じくらい柔らかそう。
それから、首筋の方へ手を伸ばし、鎖骨をなぞって肌の感触を味わう。

そもそも、なんでオレは彩女っちを触っているんだろうか。
やましい気持ちありありじゃないか、そうは思うのに止まらない。

すると、突然彩女っちの目がふっと開いた。
思わず叫びそうになるのを抑え、ものすごい速さで手を引っ込める。


「……りょーたくん……?」


まだ寝ぼけているのか虚ろな目をして、舌足らずな声でオレの名前を呼んだ。
すごい動揺しながらも、なんとか平静を装って、そーっスよ、と返すと、ゆっくり彩女っちは起き上がる。


「……とりあえず、彩女っち、これ着て……」


床に落ちていたブラウスを拾って渡すと、彩女っちはようやく自分の格好に気が付いたのか、少し頬を赤くしてそれを受け取った。


「ご、ごめんね、ご飯まだ何も用意してないし……先にお風呂入ろうと思って、脱ぎ散らかしちゃって……今から作るから、涼太くん先にお風呂入ってていいよ」

「いや、いっスよ。オレが作るんで、彩女っちが先にお風呂入ってください」

「え!?いいよ、涼太くん疲れてるでしょ?先にお風呂入って」

「疲れてんのは彩女っちもおんなじでしょ」

「でも「彩女っち!」


納得してない彩女っちの名前を、言い聞かせるようにゆっくり呼ぶと、ようやく口をつぐむ。


「ーー彩女っちは、一人でなんでもやりすぎっス。大変なのは一緒だし……少しは、オレにもやらせてよ」

「涼太くん……」

「わかったら、ほら、お風呂入って!」


ブラウスを渡した意味あんまなかったかな、と少し思いつつもそう言うと、彩女っちは諦めた笑みを浮かべて言った。


「ーーじゃあ、お願いします、涼太くん」

「モチロンっス!」


お風呂場へと向かって行く彩女っちの後ろ姿を見ながら、さて、やるか!と気合いを入れる。
たまには彩女っちにゆっくりしてもらわないと、いつもいつも、頑張るのはいい事で、それは彩女っちの長所でもあるけれど、頑張り過ぎてしまうところは、逆に短所だと思う。

手に残るのは、先程触れた肌の感触。
触れたくなったのは、興味本意なんかじゃなくて、本当は、彩女っちのことをーーそこまで考えて、やめた。

間違いがあってもいいなんて、おばさんは言ったけど、オレ達は従姉弟同士。
彩女っちは確かに、オレの周りにいる女の子たちとは違うけど、それは親戚だからで、だから恋愛感情なんて生まれる訳ないし、あぁ、だから、二人暮らしなんて嫌だったんスよ。


(20120908)

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