授業の一環で、誰かとペアになって調べ物をし、発表をすることになった。
そのペアはくじ引きで決まり、先に引いた人たちがくじの番号順に一列に並び、後に引いた人たちが自分の番号と同じ人のところへ行くのだが、後に引いた私は自分の番号を見てから友達にぼやいた。


「ちょっとー」

「なに?高尾くんとじゃなかった?」

「いや違うから。見てこれ」

「え?……あぁ、大変そうだねー。ドンマイ」


他人事だからと笑った友達に恨めしいため息をつくしかなかった。
立ち上がってペア相手である彼の前に立つと、しっかり見上げないと顔が見えなくて、よく彼氏への理想で背の高い男子がいい、と言うけれど、限度があるなと思った。


「…若原か」

「うん。緑間くん、私のこと知ってたんだ」


緑間くんのことはクラスメイトなだけで、どんな人なのかはよく知らないけれど、多分、普段の様子を目にした限りでは、変人だと思う。
話がちゃんと通じるかも心配だったし、頭も良くて真面目なのは見てとれるから、ペアになったら何かと面倒くさそうで嫌だった。


「当たり前だろう、同じクラスなのだから。それに、高尾の恋人なら嫌でも目に付くのだよ」

「えっ?いや、待って。私、高尾くんの彼女じゃないから」

「朝は一緒に登校して、学校でも良く喋っているのにか?アイツの口からはよくお前の話が出てくるし、かわいいかわいいと飽きもせず本当にうるさいのだよ」

「は?まぁ、それは知らないけど、とにかく付き合ってないから。高尾くんが勝手にこっちに来るだけ」


そう、高尾くんはあれから、朝練がない時は必ず迎えにくるようになった。
お陰で家族には高尾くんと付き合ってるんだと勘違いされて、否定しても信じてくれない。
そりゃまぁ毎回迎えに来ればそうとしか思えないだろうし、否定するのももう面倒になったのだが。


「あんな行為をしていたのに付き合っていないのかお前らは」


緑間くんの厳しい目線に何様だコイツ、と多少イライラしながら、あんな行為?と訊き返すと、ため息をつかれた。
うっわ、うざ。と思ったのも束の間、緑間くんからの言葉にそんな思いも吹っ飛んだ。


「この前の放課後、教室で二人でいた時に何をしていた?」

「……え……見てたの……?」

「たまたま通りかかったのだよ。全く、教室でよくあんなことを……」


嫌悪感を露わにする緑間くんに返す言葉も見つからない。
それどころか、見られていたという恥ずかしさから全身の血の気が引いて、胸が苦しくなるほどだ。
そこでちょうど先生の説明が始まり、その間に緑間くんへなんて言おうかと頭を悩ませた。

席でペアの人と話し合う時間になって、騒々しさに紛れるように、緑間くんには包み隠さず何があったかを話した。
被害者は私だけれど、しっかり抵抗出来なかったのも悪いから、なるべく事実だけを淡々と述べる。
緑間くんは終始眉を寄せて聴いていたが、話し終わると高尾くんの方をチラリと見てから、憤慨したようにため息をついた。


「まず、オレはアイツがそんなに女関係にだらしない奴だとは知らなかったのだよ」

「えっ。あ、あぁ、そうなんだ」


そんなのみんな周知のことだと思っていたけれど、やはり緑間くんみたいな人は知らないものなのか。


「お前もお前だ。なぜもっと本気で抵抗しなかったのか、理解に苦しむのだよ」

「まぁ、そうなんだけど……」


高尾くんが本気でそこまで事を進めるとは思わなかったし、本気で抵抗すればやめてくれたかもしれないけれど、一応知り合いの人にそんな手荒な態度は取りにくかった。
こんな気持ちはどうせ緑間くんにはわからないだろうと思い、やはりわからなかったようだが、とにかく、と話を纏めるように彼はため息をついた。


「悪いのはそんなバカげたことを考えた高尾だがな。アイツは何か責任は取ったのか?」

「いや……めっちゃ謝ってたけど。あと別にいらなかったけど帰りについてきた、くらいかな」

「最近よく話しているのも、登校しているのも、アイツがただそうしたいからしているだけか?」

「うん」


緑間くんの口から舌打ちが飛び出しそうだった。
彼のことだから説明したところで、呆れるくらいかと思っていたから少し驚いた。


「まぁ、過ぎたことだし、いいんだけど」

「お前は貞操観念が欠落しているのか?」

「いや、だって、私だって付き合った人としかしたくないし、初めてだったからいい訳じゃないけど、もうどうにもならないから、仕方ないでしょ」


そう言うと、私を叱るような顔をしていた緑間くんは、再度高尾くんの方を睨んだ。


「あの、ごめん。高尾くん、そういうとこ以外はそんな悪い奴じゃないと思うし、2人仲良いのになんか、壊すようなこと、ごめん」

「……別に、お前が悪い訳じゃないだろう。ああいう行為を教室で、したくてしていた訳じゃないのはわかったのだよ」

「あぁ、うん、それならよかった」


誤解がとけたなら何よりだ。さすがにそこまで性にだらしない奴だとは思われたくない。
今まで誰にも言えなかったあの日の出来事を、まさか緑間くんに話す羽目になるとは思わなかったが。


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「なんで本当に来てんの。来んなって言ったじゃん」

「えー、いいじゃん。そう言ってて待っててくれたんだろ?」


休日の午前中なのにしっかり化粧をしてある私を見て、ニヤリと笑った高尾くんが憎たらしい。
前日に高尾くんから今日の予定を聞かれ、何もないと答えると、部活は午後からだから家に行くと、軽いノリで言われたのだ。
来るな、とは言ったけれど、高尾くんのことだから本当に来そうだと、早めに起きて準備をしておいたのは正解だった。
もし来たって家には入れないと言っておいたが、本当にわざわざ来てしまった彼を、玄関先で閉め出すのも悪い気がして、仕方なく向かい入れた。


「なんやかんや優しいよなー、亜由美ちゃんは」

「は?今さら?」

「ギャハハッ、ごめんごめん」

「あら高尾くんいらっしゃい!」


高尾くんのことがお気に入りなお母さんが上機嫌に話しかける。
もうこのまま2人で話しててくれないかな、せっかくの休日だから私はゆっくりしたいし、と思ったが、もちろんそれは叶わなかった。


「あとでお菓子持ってくからね!」

「ホントっすか!?ありがとうございますー!」


やっぱり私の部屋に入るのか、と小さくため息をつくと、それに気付いた高尾くんが「亜由美ちゃんの部屋楽しみだなー」と茶化す。
うざ。と返すと母親に怒られるので、適当に流して部屋へと案内した。


「おー。亜由美ちゃんの匂いがする」

「はぁ?きもいんだけど」

「亜由美ちゃんの匂いオレ好きなんだよなー。いい匂いがする」

「おいふざけんな」


匂いをもっと嗅ぐかのようにベッドへダイブした高尾くんの頭を叩くも、痛いと言いながらなかなかどかない。


「ほんとどけ。高尾くんの匂いがつくからやだ」

「そしたら寝るとき寂しくないぜ?」

「寂しくないし高尾くんの匂いはいらないから。バカじゃないの」

「オレ亜由美ちゃんバカならいーかも」

「いやまじきもい」


そうこうしてる内に母親がお茶菓子と飲み物を持って部屋にやってきたので、高尾くんはようやくベッドから起き上がったが、降りる気はないらしい。
女の子に人気のヘラヘラした笑顔でそこからお母さんにお礼を言った。


「あ、そうだ。お母さんお父さんと出掛けてくるから、ご飯は亜由美が作るのよ?」

「え、コンビニで、」

「アンタだけならいいけど高尾くんいるでしょ」

「別に高尾くんだって、」

「オレ亜由美ちゃんの手料理食べたーい!」

「ほら!いつもお兄ちゃんの分用意してるのと同じなんだから!あ、お兄ちゃん夕飯はいるか聞いてないから、後で連絡しといてね。じゃあ高尾くん、ごゆっくり〜」


言いたいことだけ言うとお母さんは去ってしまい、高尾くんはまた私のベッドに寝転ぶ。
私も諦めが入ってベッドを背もたれにして腰掛け、お菓子に手を伸ばした。


「高尾くんも食べる?」

「サンキュ」


ところが高尾くんはお菓子を渡そうとした手首をガシッと掴み、意味深にジッと見つめてくるので、なに、と距離を置こうとしたものの、腕を伸ばしていっぱいいっぱいの距離なんてたかが知れている。
しかも高尾くんはその距離を更に狭めようと顔を近づけてきた。


「え、なに、近いんだけど」

「わかんねー?」


は?と発しようとした口は、高尾くんのそれに塞がれた。
反射的に逃げようとした頭は逆の手で押さえられ、口内を味わうように蹂躙する舌に腰の辺りがゾクリとした。


「っは……なに?」

「だから、亜由美ちゃんが食べたいって話」

「なに言って……やっ」

「男と家に2人きりなんて、ヤることは1つだろ?」


首筋を舐めながらそんなことを言うので、ろくに反論も浮かばない。


「しかも1度襲われた男をさ、そう簡単に家に入れんなって。危ないだろ?そういうとこ心配なんだよなぁ」

「だって…っえ、なにが……ほんとなの……?」


今までのことが全部この日の為の計算だったのだとしたら、相当な最低野郎だ。
送ると言って私の家を把握して、私の家族にも不審に思われないようによく迎えに来て、私の警戒心をとく為に近付いてきていたのだとしたら。
こめかみや頬にキスをしてくる高尾くんに身を捩りながら聞くと、彼は軽々と私を抱き上げてベッドに組み伏せた。


「全部ホント。初めてを奪っちゃったのはホント悪いと思ってるし、亜由美ちゃんと話してんのも好き。…でも、亜由美ちゃんの身体を忘れられなかったのもホント」

「は?っ、ちょ、」

「あれからもちろん他の女の子とも寝たんだけど、どうにも満足できねーっつうか、亜由美ちゃんとヤりてーなーって」

「っ、や…私、高尾くんのセフレじゃ……」

「もう亜由美ちゃん処女じゃないんだし、1回や2回変わんねーっしょ。それに亜由美ちゃんだって処女の割に気持ち良さそうだったじゃん」

「サイテ…あっ、」

「すぐ好きになるって、オレとヤんの」


何が本当かはわからないけれど、私はやっぱり答えが出ないことを考えるのは苦手だ。
だから初めて高尾くんが家に迎えに来た日、深く考えずに流してしまったから、こういうことになったのかと今少し後悔しているが、やはりなってしまったものは仕方ない。
どうせもう初めてでもない、彼氏も好きな人もいる訳じゃないと、諦めるのは早かった。


(20121229)



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