「亜由美と和成ってマジで付き合ってないの?」

「付き合ってないってば」

「えー。でもさ〜……最近和成、相手してくれないんだよねー……」

「たまたま忙しいんじゃなくて?てゆうか、前はどんくらいデートしてたの?」

「や、デートじゃなくて……まぁ、そっちもそうだけど……」

「え?なに?」

「だから……えっちしてくれないんだって……」

「あ……そ、そう……なんかゴメン」

「いや、いいよ……亜由美処女だもんね、しょうがないよね」

「それ処女とか関係ないから。私まず思考がそんなビッチじゃないんで〜」

「うわ!マジムカつく!」


処女だもんね、と言われた言葉を慌てもせず当たり前のように受け入れられたのは、自分が男の人と身体を重ねたという現実を、まだどこか夢のように思っているからかもしれない。
きっとこの場に高尾くんがいたら、いやらしい顔でニヤニヤ笑ってそうだなと思って、つい眉根を寄せそうになった。

それにしても高尾くんの、私以外とはヤりたいと思わない、という言葉は、本当だったということだろうか。
たまたま、最近は友達の代わりに、私とそういう行為をしていただけかもしれないけれど、高尾くんからいつも迫ってくるのだから、もし溜まっているのなら、友人からかけられるモーションを断る理由がないはずだ。
なんて、都合の良い考えをしても、別にその考えが事実だったところで、嬉しくもなんともないはずなのに、少し熱を持った頬を自覚して、自分で自分に疑問を持った。
少しは高尾くんに対して情が湧いている、ということだろうか。


「ここ何週間か、ほんとめっきりなんだよね。向こうからそういう雰囲気出してくれることがなくなって、こっちがそれとなく誘ってもやんわり断られて、やっぱり、亜由美に本気なのかな〜」

「それはないわ」

「てゆうか、実は亜由美とヤってるとか」

「は?」

「ないよね。亜由美に限って、ないない」


笑ってそう言う友人に、ほんとありえないから。と答えつつ、どんな表情を浮かべればいいかわからなかった。
呆れ笑いすべきだったか、真顔で答えるべきだったか、咄嗟に下を向いて表情を隠すのが精一杯だった。


「なーに話してんのっ?」

「うわ、出たよ……」

「ちょ、その言い方は傷つくんだけど」


亜由美ちゃん相変わらずツンデレだよなぁー。なんて言う高尾くんに、前ならイライラしてたはずなのに、気付いたらいつものことだと思うようになっていた。
それを態度に出して調子に乗られるのも癪なので、いつもどおりそっけなくしてしまっているけれど。


「で、なに?」

「亜由美ちゃん借りたいな〜って」

「却下」

「どうぞどうぞ」

「サンキュー」

「ちょっと!本人が拒否してるんだけど」

「まぁいいじゃんいいじゃん」

「いやよくないし」

「ほら早く行ってきな。それで幸せになれ」

「だからおかしいんだけど」

「和成、亜由美のこと幸せにしないと、許さないから…!」

「あぁ、オレ、ちゃんと亜由美のこと、幸せにする…!」

「小芝居すんなお前ら」

「亜由美ちゃん行こうぜ」

「おいシカトかコラ」


高尾くんに睨みをきかせつつも、まぁ仕方ないか、と席から立ち上がると、友人が高尾くんに向かって、ねぇ。と、先ほどまでのふざけたトーンではなく、割と真面目な声で話しかけた。
それに気づいた高尾くんも、どうかしたか?と、しっかり友人へと向き直る。


「……いや、いいや」

「え?」

「また今度、時間とってくれない?」

「? わかった」

「約束だからね」

「あぁ。またメールで決めよーぜ」

「うん、よろしく」


ちゃんと高尾くんに告白するのかな。と、友人の様子を見て思ったのだが、なんだか複雑な気持ちだった。
見ている限り、高尾くんが友人のことを好きなようには見えないというか、高尾くんに好きな女の子がまずいないと思う。
大体、好きな女の子がいるなら、いろんな女の子に手を出してる場合じゃないはずだ。

けど、もし万が一2人が付き合い出したら、喜ぶべきことなのに、なんだか寂しいと思った。
高尾くんがもう、今みたいに私に話しかけてこなくなる。

だからどうした。別に私には高尾くんに用はない。
いつも、向こうが他愛もない話題で話しかけてくるだけだ。

いちいちめんどくさいし、強引だし、あざといし、言葉一つ一つが薄っぺらくて信じられないのに、気遣ってくれるような優しいところがあったり、普通に世間話してるときは、話し上手な上に聞き上手で、居心地がいいと感じてしまったり、私を可愛がってくれるようなところも、気恥ずかしいけれど少し嬉しく思ってしまったり。
悔しいことに、高尾くんのことが嫌いではないのだ。

私でもそう思うのだから、友人は本当に高尾くんのことが好きだろうし、高尾くんがこうやって私に沢山話しかけているのを見ることは、きっとすごい嫌なはずだ。
なのに、応援してる。なんて言ってくれて、それは本心ではないかもしれないけれど、そう言ってくれていることに胸が痛んだ。


「亜由美ちゃん、どうかした?」

「何が」

「なんか元気なくね?」

「…別に」


高尾くんの話をだいぶうわの空で聞いていたからか、不審に思われてしまったらしい。
でもまさか何を考えていたか話す訳にはいかないし、素っ気なく返事をして話題を切ろうとしたが、高尾くんはジッと私を見てきた。


「……もしかして、ヤキモチやいた?」

「はぁ?」

「オレ、さっきアイツとまたメールで、とか、親密な感じ?出してたように見えたかなーって。さみしくなってくれたんじゃなくて?」


笑いながら、高尾くんはいつもどおり、ただの冗談として言っているのに、あながち間違っていないところが恐ろしい。
ヤキモチかどうかはさておき、寂しいと思ってしまったのは事実だ。


「そうだよ」

「え……」

「なんてね」


真顔で肯定の言葉を発すると、高尾くんは呆気に取られた顔をしたので、してやったりと少し口角を上げた。
こういう冗談を、友達にはよく言うけれど、高尾くんに言ったことがないから、きっと驚いたのだろう。

すると、突然高尾くんに腕を掴まれて、驚いて声をあげた。
しかし、そんなことはおかまいなしといった様子で、私を引っ張ってずんずんと進んで行く。


「ちょっと!高尾くっ…きゃっ!」


高尾くんは普段使われていない資料室のドアをガラッと開けると、そのまま私を引き込み、荒々しくドアを閉めてからそこに私の背中を押し付けた。
発しようとした言葉は全て高尾くんの口内に飲み込まれて、身を捩って逃げようとしたが、簡単に抑え込まれてしまった。
いつもよりも激しい口づけに、すぐ唾液が顎を伝い、気持ちがわるい。


「はっ…っかお、く…んぅ」


少し唇が離れた時になんとか名前を呼んだけれど、無視されてまた唇を重ねられた。
もう、なんだコイツ。と少し苛立ったけれど、諦めて抵抗することをやめると、制服の上から胸を揉まれた。
まずい、と高尾くんの手を離そうと彼の手首を掴むが、ぎゅっと胸の頂きを摘ままれて力が抜けた瞬間に、両手を拘束されてしまった。


「冗談?」

「え…?」

「さっきの、ほんとに?」


真剣な目で見つめてくる高尾くんと目を合わせるのが恥ずかしくてつい俯くと、首筋に噛みつかれた。


「いたっ…ちょ、なにす、」

「ちゃんとオレの目見て、言って。じゃないと、跡、つけるぜ」


跡、っていうのはもしかしなくても、キスマークのことか。
そんなものこんなところにつけられたらたまったもんじゃない。
彼氏はいないって言ってるんだから一気にビッチ扱い決定だ。


「……も、なんなの」


苛立ちも相まって睨みつけるが、高尾くんの目は真剣そのもので、言葉に詰まった。
ここでごまかすことも出来るのだが、その言葉が本心かどうか高尾くんがわからないはずがなくて、観念して口を開いた。


「……だったら、なに」


それでも、我ながらふて腐れた顔をしているだろうなと思った。
そのまま反応のない高尾くんに目を向けると、いつもより目を開いて、若干頬が赤くなっているものだから、今度は間抜けな顔をしてしまった。

何コイツ照れてんの。とは思ったけれど、そうさせたのは私がかなり恥ずかしいことを肯定してしまったからだ。
やっぱり言わなきゃよかった、なんて後悔が芽生え始めた時だった。


「あ〜〜〜もぉっ!!」


私を解放した高尾くんはそのまましゃがみこんで、頭をガシガシと掻き毟りながら唸った。
そんな彼を見下ろしながらどうしたものかと思案すると、こちらを見上げた高尾くんは盛大にため息をついた。


「なに。失礼なんだけど」

「……亜由美ちゃんがかわいいこと言うからだろ」

「言ってない」

「はいはい……あのさ、」

「なに?」

「……なんでもない」

「はぁ?…まぁいいけど」


未だに赤い顔をしている高尾くんに、こちらも言葉が出てこない。
休み時間が終わる鐘を聞いても、私たちはその場から動けなかった。


(20131017)



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