夫からの電話があった夜、夫はたまたま出張から1日早く帰れたらしく、家に居ない事に驚いて電話を掛けてきたみたいだった。
帰り掛けに出会った友人と、家に夫も居ないから呑み明かしていた、という嘘を吐いたが、チクリと胸に刺さる罪悪感。
それから、夫はなるべく私の為に帰ってきたいということで、呑みにもあまり行かず、家を1日空けることがなくなった。
それゆえ、ようやく今日、彼との逃避行まがいの日から、久方ぶりの再会の日取りを、電話で決めている。


「ごめんね、中々会えなくて」

「いや、大丈夫っスよ。オレも会えなかったし、お互いさまっス」


でも会いたい、なんて電話口で言う彼の艶っぽい声にどきりとする。
彼は相変わらず私を掻き乱してやまない。


「そういえば、今日も三日月っスねー」


会社の窓から三日月を眺めていた時に、ちょうどそんなことを言われて驚いた。


「覚えてたんだ」

「そりゃあ、あんだけ笑われたし」

「やだ、根に持ってたの?褒め言葉なのに」

「えー、ホントっスか?」

「だって、ドラマでもないのにクサイ台詞かっこよく言えるの、凉太くらいでしょ」


普通だったら笑うかドン引きしてしまうところを、自然に受け止めてきゅんとしてしまったりするなんて、凉太に出会うまではあるわけないと思っていた。


「……じゃあ、こんなのどうっスか?三日月見ると」

「ん?」

「離れていても、夜空を繋いでいる、みたいな」

「……隣にいるみたいでしょ?」

「え?」

「私もそれ、大分前から思ってた」


すると、凉太は一度黙ってから、笑い出す。


「じゃあ、おんなじっスね」


笑っている凉太の顔が脳裏に浮かんで、私も頬が緩んだ。


「そうね……恥ずかしい。私のひみつだったのに」

「でも、もうオレとのひみつっスよ」

「うん」


それでもまだ、私だけのひみつは残っているのだけれど。
私だけが知っている彼の横顔は、私だけのひみつ。










クリスマスが近づいてきている為、街のそこそこにイルミネーションが施されており、寒くても心はとても温かくなる。
隣の彼の手を握って歩きながら、今の幸せを噛み締めて、大きなクリスマスツリーの前を通りかかったところで、声を掛けられた。


「すみません、写真撮ってもらってもいいですか?」


そう言うカップルさんに快く応じてシャッターを押すと、良かったら私たちも撮りますよ、と彼女さんがにこにこしながら私たちに申し出る。


「いえ、私たちは、」

「大丈夫っス」


私の言葉にそう続けた凉太と、つい顔を見合わせて、微笑み合った。


「でも、記念にいいんですか?」

「ありがとうございます。でも、私たちは記念に残さなくてもいいんです」


私と彼を交互に見てから、彼女さんは納得したのか、彼氏さんと腕を組み去って行く。


「百合もオレの腕にくっ付いてくれないんスか?」

「私そんなキャラじゃないでしょ」

「えぇー」


不満そうな凉太に今日だけね、と言って腕に抱きつくと、嬉しそうに笑って私に顔を寄せ、小さくキスをされた。


「百合好き」

「私も、好き」


記念写真に残らなくても、今の君が好いから。
未来の見えない儚い恋だとしても、自分の想いに忠実に、今この瞬間を楽しみたいんだ。
今ここにいる私たちが全てで、私たちだけが知っている、私だけが知っている、そして彼だけが知っている、ひみつがある。
他の誰も知らないひみつなんて、なんて素敵なんだろう。


(20120925)
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