「百合?」


彼と夕食だけ食べに行こうと、二人で歩いている中、ふと見上げた夜空の三日月が綺麗で、目を奪われた。


「どうしたんスか?」

「三日月、綺麗だなって」

「あー……百合って時々ロマンチックっスよね」

「それ涼太に言われたくない」

「オレこの前クサイ台詞言うよねって言われたの、地味に気にしてるんスよ」

「あははっ、可愛い〜」

「ちょ、そんな笑うことないじゃないっスか!」


そう言われても笑いは止まらなくて、ひとしきり笑ってからまた三日月を見上げると、まるで。


「夜空が笑ってるみたい」

「え?」

「三日月」

「……そう言われてみれば、見えてくるっスね〜」

「夜空も涼太を笑ってる、ぷっ」

「百合ちょっと酷くないっスか!?」


笑いが止まらない中、密かに思った。
私の夫は、こういうメルヘンチックなことを言うと、いつも凄く笑う。
夫はツボが浅くて、笑うのは早いのだけれど、こっちからしたら恥ずかしくなるからやめて欲しくて、そうか、笑ってる夫は、こんな気持ちなんだな、なんて。
それと、笑い飛ばすだけじゃなくて。


「わかってくれて、ありがとう」

「え?」

「こんなくだらない話」

「……くだらなくなんかないっスよ。オレは百合のそういうとこ、好き」

「……ありがと」


歩みが止まって、ちょっと待って、なんて言いながら、携帯で三日月を撮ろうとして、ふと思いとどまる。


「……撮らないんスか?」

「うーん……」


私たちの過ごす今を、思い出に残すようなことをするのは、なんだか躊躇われた。


「ーーやめとく」

「ーーそっスか」


私は何も言わなかったけれど、なんとなく感じ取ってくれたらしく、彼も何も言わなかった。


「オレたちって、写真とか撮ったことないっスよね」

「まぁ……浮気の証拠になるし?」

「それは、そうだけど……」

「……私は別に、いいけどな」


どういう意味だ?と続きを待つように、彼は黙ったまま。


「写真なんて、残らなくても」


いつかはきっと、終わってしまう関係だけれど。


「今の涼太が、好いから」

「ーーそっスね」


なんだか少し暗くなってしまったけれど、今が良ければいい、そう思って私たちはこんな関係になっている。

今、私たちは求めあっているから。
今の君が好ければ、それでいい。



(20120918)
×