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飛び立つ宇宙ロケット




「──え? 安室さんって探偵なんですか?」
「ええ、毛利先生にたくさんの事を教わっているところなんです」

 毛利先生ってことは蘭ちゃんのお父さんか。眠りの小五郎、その名前はテレビを見ない私でも聞いたことがある。なんでもまるで眠っているかのように事件をぱぱっと解決させちゃうとか。有名人に弟子入りなんて、安室さんも中々肝の座った人だ。
 平日の午後二時、撮影の合間のこの時間にポアロに立ち寄るのがここ最近の日課になっていた。いつも外で待っているマネージャーもたまに一緒に店で食事をとったりする。今日もちゃっかり隣で幸せそうにコーヒーに口をつけている。なんでもここのコーヒーの味に惚れたとかなんとか言っていたが、コーヒーなんて未知の飲み物である私からしたらナメクジがオスかメスかというくらいどうでもいい。

「それなら私も眠りの小五郎先生に依頼しようかなぁ」
「……なにかお悩みなんですか?」
「あー……少しだけ?」
「少しなわけあるか!」

 ドン、と拳をカウンターに叩きつけて私を睨むマネージャーから視線を逸らす。安室さんはさっきまでの表情を引き締めたものに変えてマネージャーに向き合う。

「なにがあったんですか?」
「ストーカーされてるんです!」
「まだそうと決まったわけじゃ、」
「名前さんは少し静かにしててください。それで、続きを」
「この扱いの悪さ……」

 そっちのけで話を始めた二人に口を尖らせてココアに口を付ける。今日は少し冷えるからホットを頼んだ。浮かんだホイップにチョコレートシロップがかけられている。

「始まりは二週間前でした。あのチョコレートの広告から三日しか経っていなくて、未だ社長の機嫌が良かったのを覚えています」
「それ関係なくない……?」
「僕にとってはいい事なんだよ! ……それで、最初に届いたのは手紙でした。事務所に届いた宅配物の中に普通に混ざってて、ただのファンレターだと思ってたんです」

 クリーム色の一般的なレターの封筒に、外面には苗字名前様と宛先しか書かれていなかった。他のファンレターももちろん同じような型の封筒だった為、手紙はまとめてそのままタレントにわたされる。その手紙が届いた日も十数枚のレターがまとめて渡され、家に帰ってじっくり読もうと思っていたのだ。

「帰りの車の中で、名前ちゃんが手紙を読み始めたんです。暇を持て余した時にたまにすることなので普通に運転してたんですけど、名前ちゃんが手紙の様子がおかしいってその場ですぐに報告してくれて……」
「いい判断ですね、溜め込んで本人以外の知らない間に相手がエスカレートしてしまっては遅いですから」

 入っていたのは手紙と一枚の写真と分厚い紙の束だった。マネージャーと事務所に入る所を、恐らく向かいの歩道から撮られていただけ。分厚い紙の束は折りたたまれていたせいでそう見えただけであって、広げてみたらそれが何なのかすぐにわかった。左端に書かれている、婚姻届の文字。まだ何も記入されていないせいで相手の情報は分からないまま。

「手紙にはなんて書かれていたんですか?」
「高校卒業まで我慢しようと思っていたのに、君があの広告に出てしまったせいでまた君が多くの人に見られてしまった。婚姻届、近いうちに取りに行くよ=c…です。多分、こんな感じ。手紙は事務所で保管しておいてもらってます」
「うわ……それでよくストーカーと決まったわけじゃない≠ネんて言えますね……」
「安室さんうるさっ!」

 ここ最近知ったこと。安室さんは意外とそんなに優しくない。そりゃもう、外見詐欺といっても大袈裟じゃないくらいには。姑のようや分かりづらい嫌味や態度をちらりちらりと見せてくるあたりがねちっこい。この前その様子をちょうど目にしたらしい梓さんは珍しいものを見たようにぱちくりと目を瞬かせていたけれど、やっぱり梓さんも騙されていたのだろう。安室さんの菫の花のような穏やかな外見に。

「でもその時点でちょっとおかしいですよね。苗字名前様だけが書かれた封筒ってことは切手も貼られていない上に宛先も書かれていないってことですよね? 直接事務所の郵便受けに投函したんでしょう。まだ割れてるのが事務所で良かった、自宅とかだったらシャレにならないですから」
「………………」
「………………」
「……え?」

 押し黙った私達に安室さんの笑顔が固まった。サッと視線を逸らしたマネージャーに続いて、私もそろりそろりと視線を端に追いやる。「……あの、ちょっと、危機感って言葉知ってます?」知ってますごめんなさい! 安室さんの顔は想像しただけで震え上がってしまうので見れなかった。さっきも言った通り、安室さんは菫の花の外面を被ったねちねちの姑なのだ。

「それで、どういうことですか? まさか自宅にも?」
「は、はい……そこから三日くらいはずっと事務所に手紙と写真が届いてて……」
「その写真は初日と同様で事務所に入るところを?」
「いえ、車で信号待ちしてる所とか、立ち寄ったコンビニとか、撮影終わりにスタジオから出た所とか。でも一週間くらい前から家に手紙が届くようになって……今までと同じ、切手とか差出人とかないものでした。でも写真は今のところ特に変わりはなくて……」
「……それ、結構危ないですよ。自宅の住所が割れてるのは言わなくても分かるでしょうけど、よく使う店や事務所の帰りのルート、スケジュールまで知られてます」

 マネージャーと顔を見合わせた。その顔は心無しか青い。面白いくらい情けない顔だ。

「スケジュールが知られてるってことは、ひとつだけ嫌な可能性があるんですけど……名前さんは自宅に帰ってマネージャーと連絡とかしますか?」
「はい。夜に次の日の予定確認を」
「決まりですね。多分、恐らく、確実に。部屋が盗聴されてます」
「う、うそ! だって毎日ちゃんと鍵を掛けてるし……」
「日中御家族の方は自宅にいらっしゃらないんですか?」
「ひとり暮らしなんです。両親は海外で……」
「…………冗談ですよね?」
「本気です!」

 いよいよ安室さんまでもが頭を押さえた。眉間にしわが寄っている上に重たい溜息までも吐き出される。非常に恐ろしい。

「……今日、御自宅に寄らせて頂きます。マネージャーさんも立ち会いをお願いします」

 もちろん私達にはイエスの返事しか用意されていない。