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思い出だけじゃお腹が空くわ




 去年もイメージモデルとして広告に使ってもらったメーカーの撮影は、一年越しではあるが二度目ということもあってスムーズに進んだ。

「視線貰っていい?」

 味に合わせてCMも三パターン。ミルク、ホワイト、それからビター。衣装を軽く変えながら順調に進んでいく。去年と同じなら広告は街中に貼られることになる。自分の顔がそこら中に貼り付けてあるのは少し恥ずかしい気持ちになるけど、撮影はたくさんの人と関われるから好きだった。

「名前ちゃん、今年はいい場所取れたから楽しみにしててね」
「え? どこですか?」
「去年みたいに駅中は変わらないんだけど、それにプラスで……なんと! 渋谷のビルボード取れちゃいました!」
「え、本当ですか!?」
「去年以上に今年は名前ちゃんの人気が凄かったから、広告もスケジュールいっぱいで断られたらどうしようかなって思ってたくらい」
「いえ、そんな……それに、去年約束したじゃないですか! 来年もやらせてくださいって」

 ここの監督さんはとても優しく穏やかで、からからと陽気な笑い方をする、日曜日のお父さんみたいな人だった。私をまるで娘のように可愛がってくれる。まだ二十八歳だというその背中は既に貫禄に満ちている。

「いやあ、でも本当にスケジュール大丈夫だった?」
「はい、映像関連は受けていないので全然。監督に誘っていただけるならCMでもなんでも出ますよ! ……出来れば声も動きも少ないので……」
「ははは、でも俺は撮るなら世間で騒がれてるような大人っぽさより、名前ちゃんらしさいっぱいのCM撮りたいな! スケジュールが空いてるなら今回のでCM作りたいけど……」
「えっ、うそ! マネージャー!」

 少し離れたところで話を聞いていたマネージャーは慌ててスケジュール帳を取り出しながら駆け寄ってくる。事務所はどうしても苗字名前に映像業をやらせたいのに私が断るから困っているらしく、お小言は全部マネージャーである学さんに行く。

「名前ちゃん、本当にやってくれるのかい?」
「はい、監督の作る映像に関われるならやりたいです」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ」

 慌てているせいでぐちゃぐちゃになっている文字がスケジュールに足される。学さんは嬉しそうにでれでれと顔を緩めていた。きっと社長にお小言を言われることはなくなるだろう。

「連絡したらメーカー側も名前ちゃんのCMが作れるなら大喜びだって。今オフィスがお祭り状態だって言ってるよ」
「大袈裟な……でもありがとうございます」
「こちらこそ。名前ちゃんの魅力を日本中の人に伝えてみせるさ」


 ▽


「いらっしゃいませ……あれ、名前さん?」
「こんにちは、安室さん。園子達います?」
「いえ、今日はいらっしゃいませんよ」

 園子達はどうやら今日ポアロに来ていないらしい。なんだ、と少し気落ちしながらも奥のカウンターに腰を落ち着けると、安室さんがカウンターの向かいに立った。

「ご注文はココアで?」
「はい、今日はホットで……ってあれ? どうして……」
「園子さん達が教えてくれたんです。名前は大人らしさを売りにしてるけど、ものすごい子供舌なのよ ≠チて。紅茶も苦手だとか」
「お恥ずかしいです。まったく、園子のやつめ……」

 口を尖らせた私の前にホットココアが置かれる。安室さんはカウンターから出てくると、一つ椅子を開けた隣に座った。

「いいんですか? 店員さんなのに」
「今は誰もいませんから。お仕事帰りですか?」
「はい、この後またすぐに撮影があるのでマネージャーに外で待っててもらってるんです。園子達はきっともう少し後に学校終わりますよね、失敗したなぁ……」
「それならマネージャーさんにも来てもらえば……」
「いえ、誘ったんですけど社長と連絡したいそうなので。……あ、そうだ、安室さん、今日は夜までいるんですか?」
「その予定です」

 首を傾げた安室さんが顔のつくりも相まって、ものすごく幼く見える。それがおかしくて少し笑いながらメモ帳を取り出した。

「園子達が来たら伝えてほしくって。携帯変えたから新しい連絡先と、CM決まったから楽しみにしててって。伝言、頼んでもいいですか?」
「はい、もちろんお任せ下さい。……ところで、CMに出られるんですか?」
「そうなんです。去年もさせて頂いたチョコレートの広告で、お世話になっている監督が作ってくれるって聞いて。監督の作る映像なら出たいってワガママ言っちゃいました」
「あ、去年の広告見ました! 目を惹かれたのを今でも覚えてます、今年もイメージモデルなんですね」
「はい、監督やメーカーの方が選んでくださって……本当にありがたいことです」

 安室さんが手を伸ばしてメモを受け取ると、半分に折りたたんでお預かりしますね、とエプロンのポケットに入れた。

「名前さんの魅力を知っているからこそですよ。CM、楽しみにしてますね」
「ありがとうございます。……安室さんすごく綺麗な顔してますけど、実は昔芸能界に居た……とかもないんですか?」
「あはは、ないですよ!」
「本当に……? 街歩いたらそこかしこでスカウトされまくりじゃないですか?」
「ふふ、少しだけです」
「あ、その笑顔は絶対嘘ですね、めちゃめちゃスカウトされてる顔です」

 私の性格やペースに合わせてくれているように感じてしまうくらい、安室さんと話ている時間は順調に流れていった。

「──あ、もう時間だ。行かなくちゃ……お会計いいですか?」
「はい。三百四十円です」

 渡されたレシートとお釣り、それから小さな小包。手のひらに収まるサイズの小さなそれは、白とライトブルーのストライプで彩られていた。端にちょこんと黄色い花のシールが咲いている。

「これは……?」
「スコーンです。良かったらどうぞ」
「え、待ってください、お金……」
「そんな野暮なことしませんよ。僕からの差し入れです。マネージャーさんと食べてください」

 やわらかく細められた目に優しく弧を描く唇。息を呑んでしまいそうになるくらい綺麗な表情。

「……ずるいなぁ」
「え?」
「いえ! ありがとうございます、CM撮影で山ほどチョコレートもらえると思うので、そしたらポアロにたくさん差し入れしますね」
「楽しみにしてます。あのチョコレート好きなので」

 安室さんはマネージャーさんが待ってますよ、と窓の外を指して笑った。確かにポアロの前に車を寄せたマネージャーが待っている。

「頑張ってくださいね」

 ひらひらと片手を揺らす安室さんに頭を下げて店を出る。車に乗りこんでから店内を見ると、安室さんと視線が絡んだ。もう一度手を振った安室さんに今度は同じように手を振り返してみる。驚いたように目を丸くさせた安室さんは珍しくくしゃりと崩れるような笑顔を見せたところで、車がゆっくりと動き始めた。