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夢の中でも眠ってたいわ




 風呂から出てきた名前がリビングに顔を出した。健太くんが名前に向かって駆けていくのを見るあたり、相当二人きりの空間が居心地悪かったのだろう。

「健太くん、本当にひとりでいいの? 透さんと……」
「いいってば! オジサンと入るならひとりで入れるし、ていうかいつもひとりだし!」
「そ、そう……」

 どたどたと駆けていった健太くんを見送った。相当俺のことが嫌いらしい。苦笑いを零しながらもどこか微笑ましそうな名前に近寄る。その肩に掛かっただけのタオルを取り上げて髪を軽く拭ってやると、パチリと瞬きをした目がようやく俺を向いた。

「髪、また濡れたまま」
「ごめんなさーい。……今日は乾かしてくれないの?」

 首を傾けた名前にぐっと奥歯を食いしばって感情を抑え込む。こういうところだ。こういうところが彼女はずるい。無自覚に甘えるときの無防備な可愛さ。黙ってドライヤーを用意し始めた俺を見て彼女は嬉しそうに笑うと、先にソファの下に膝を抱えて座った。その小さな体を足の間に挟むようにしてソファに座る。

「安室さん、健太くんのことどう思う?」
「かなり生意気な子どもかな」
「もう、そうじゃなくて。様子っていうか……健太くんは何から隠れようとしてるんだろう」
「……難しいことは俺に任せればいい。名前はただ、健太くんが安心する環境を作る手伝いをしてくれればいいよ」

 上を向いた名前と逆さまに視線が交わる。暫くじっと俺の顔を見ていた名前は顔を和らげて笑った。

「透さんのそういうとこ、好き」
「…………うん」
「!? 透さんドライヤー近い! あっつい!」
「うん…………」
「いや、うんじゃなくて!! ちゃんと見て!!!」

 バシバシと足を叩かれてようやく持ち直した。無心でドライヤーを髪に当てて、濡れた髪が乾き頭の天辺に天使の輪が浮かんだ頃には、すっかり名前は眠りこけていた。いつかのように足に腕が回っている。

「お風呂、ありが……名前、もうねたのか?」
「おかえり。本当にひとりで入れたんだね」
「当たり前だろ!」
「髪は乾かせる?」
「ばかにしてんのか!」

 ドライヤーをひったくるようにして受け取った健太くんが顔をしかめる。名前でさえ腕が痛いと言っていたのに、小さな子どもがろくに乾かせるはずもない。

「おいで。ついでにやってあげる」

 予想に反して大人しく座った健太くんにおや、と目を瞬かせる。

「オジサンは……」
「え?」
「名前のこと好きだろ」
「うん、好きだよ」
「えっ!?」
「健太くんは嫌いなのかい?」
「ち、ちが、そうじゃなくて!」

 少しいじわるをしてしまった。健太くんが言いたいのは恋愛的な意味で好きかどうかってことだろう。だけど今の俺にはこの感情を明確な言葉にしてしまうのは早いし、なによりほんの少しだけ怖かった。彼女が知っているのは安室透であって、降谷零じゃない。

「多分好きだし、多分好きじゃない。まだ曖昧なんだ」

 嘘つき。自分に毒づく。健太くんは顔を目一杯歪めて、尖らせた口から言葉をひねり出した。

「……おとなって、へんなのばっかだ」
「褒め言葉?」
「ちげーよ! どこがだよ!」

 健太くんは髪の量や長さが名前とは違うからすぐに終わった。時計を見ると子供が起きているには遅すぎる時間。

「もう寝よう。ベッドとソファ、どっちがいい?」
「名前とベッド」
「……三人で寝ようかぁ」

 相変わらず足にもたれかかってぐーすかと眠りこけている名前を持ち上げる。すっかり慣れてしまった。手が塞がっている俺の前を歩いて扉を開けてくれる健太くんに少しだけ笑って、ベッドの端に名前を降ろしてやる。

「いや、オジサンじゃま!」
「悪いけどこれだけは譲れないぞ。それにほら、名前が離してくれない」
「だから名前を真ん中にすりゃいーじゃんかよ!」
「だーめ。ほら、早く寝ないと明日起きれないぞ」
「ケチおやじ! なにが好きかどうか曖昧≠セよ! こんなの百パー、んぐぐ!」
「シーッ、名前が起きる」

 もごもご言っていた健太くんが諦めたのか俺の足に一度蹴りを入れると、背を向けてそのまま寝る体制に入った。こ、この野郎。名前の前じゃないと本当に可愛くない。時計は既に十一時を回っていた。すっかり寝息を立てている健太くんがベッドから落ちないように引き寄せると、服を掴んで寝ている名前の頭をひとつ撫でてやってから目を閉じた。