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あのね、




 大事件である。パスタを茹でたのにソースが無かった。安室さん、じゃなくて透さんから包丁禁止令を出されている私は基本的に茹でることしか出来ない。あとは目玉焼きとかウインナーとか、包丁を使わずに焼けるもの。高校生としてかなりやばいと自覚している。
 そろそろ自炊を覚えるタイミングを見つけなければいけないなぁと思いつつ、透さんにお世話になっている間はまず無理だろうなぁとも思う。包丁に触れようものなら素早く取り上げられるし、レタスをちぎる以外の仕事を未だに任されていない。
 なにより透さんのご飯が美味しい。よって私の作る初心者飯より確実に美味しいご飯にありつけるのだ。我ながらとんでもないダメ人間っぷりに呆れてしまう。しかし今はこの味のないパスタにソースを掛けてやることが一番の使命なのである。

「買いに行くしか……」

 透さんがこの場にいたら絶対笑われていたに違いない。私は午前で雑誌の撮影が終わり、透さんは今日はポアロのバイトに入っているから、とひとりでのんびりしようと思っていたのに。早速外に出る予定が出来てしまった。もうパスタは茹で上がってしまっているし、近くのスーパーに買いに行くしかない。こんなことなら大人しく蕎麦でも茹でとけばよかった。
 壁に掛かったスペアキーと財布を持ち、それからスマートフォンをポケットに突っ込む。玄関のシューズボックスの上に置いてある伊達眼鏡を掴んで部屋を出た。気休め程度だけど一応掛けておこう。
 土曜の昼過ぎのスーパーは思っていたよりも人がまばらだった。さっさとパスタソースを買って早く帰ろ、とレジに足を向けかけたところでアイスコーナーに目が行く。うん、ちょっと、ほんのちょっと見るだけだから。風呂上がりに食べるアイス無くなっちゃったし。
 透さんも食べるかな、それなら箱アイスの方がいいかな。パスタソースを片手にどれにしようか悩んでいた時、服の裾をくい、と引かれて振り返った。

「なぁおまえ、苗字名前≠セろ?」
「えっ?」

 私の服を掴んでいたのは小学生くらいの小さな少年だった。くりっとした丸い目が私を見つめている。中々将来綺麗な顔立ちになりそうな子だ。目線を合わせるようにしゃがむと男の子は手を離してくれた。

「なぁ、そうなんだろ?」
「あはは、うん。当たり。でも内緒にしてくれる? 騒ぎになったらお店に迷惑が掛かっちゃう」
「いいけどさ、そのかわりに条件があるんだ!」
「えっ……条件?」
「家にかくまってくれ!」
「……はっ?」

 腕をぎゅっと掴まれて逃げられないようにされてしまう。匿ってくれ? 急な話過ぎてついていけない。保護者はどこだ、と辺りを見回してもそれらしき人は見えない。

「そういえば君、お母さんかお父さんは?」
「ここには居ないってば! なぁはやく、急いでるんだ! あとその上着とメガネ貸して!」
「えっ、えっ、ええ? まって、メガネはせめて店を出てから……!」

 押しに弱すぎるけど流石にこの男の子を透さんの家に連れて帰るわけには行かない。透さんのシフトは確か三時まで。まだ余裕がある。家に行く前に透さんに相談しよう。ていうか本当に両親と一緒じゃないにしても、勝手に連れ出していいものなのか。でもちょっと様子が異常だし。とりあえずソースだけでも買わせてほしい。アイスはポアロに寄ったら溶けてしまうから諦めよう。
 レジに並んでいる間も顔を隠すようにして私の足にしがみついている男の子に困ったな、と頬をかく。パスタソースが無いだけの平穏な事件だったはずなのに、なんだか大きな事件に足を突っ込んでしまった気分だ。

 ▽

「なぁ、どこだよここ?」
「喫茶店。ちょっと腹拵えを……」
「はらごしらえ? おなかすいたってことか?」
「うん、そうそう」

 いらっしゃいませ、と聞きなれた声が耳に届く。ポアロについたのは二時半だった。ギリギリセーフ。昼過ぎの人の少ない時間帯、梓さんは休憩なのか、店の中にはエプロンを付けた安室さん、それからカウンターに並ぶ蘭ちゃんとこの前の少年だけが居た。

「蘭ちゃん! 久しぶり!」
「名前ちゃん! 本当に久しぶりだね、会えてびっくりしちゃった!」
「私結構ポアロ来るんだよ。平日のこの時間が多いけど」
「ら、蘭姉ちゃん、苗字名前さんと友達なの?」

 あの年不相応な少年が私と蘭ちゃんを見比べて目を丸くしている。

「学校が同じなの。園子つながりでお友達になってね。そういえば新一も名前ちゃんのこと知らないのかな、名前ちゃんあんまり学校来てないし」
「新一、って……高校生探偵の工藤新一くん?」
「そう、幼馴染なんだ。名前ちゃん知ってるの?」
「一応同じ学校だしね。この前園子が言ってた蘭ちゃんの彼氏でしょ?」
「ち、違うよ!」
「というか、それより前にどこかで聞いた気が……」
「おい名前、はやくはらごしらえ≠オろよ!」
「お、おお、中々ぶっこむね君……」

 カウンターに座った私の足を下からグイグイと引っ張る男の子に苦笑いをこぼす。カウンターの椅子が高くて登れないのか。持ち上げて座らせてあげると肘をカウンターに乗せてふん、と生意気に口を尖らせた。カウンターが高くてかなり辛そうな体制である。知らない人ばかりで不安なのか、態度はでかくてもその手は私の腕をぎゅっと握っていた。

「……えっと、その子は?」

 固まっていた透さんがようやく動いて私の前にいつものアイスココアを、男の子の前にはオレンジジュースを置く。ちらりと男の子を見たその顔はどこか引きつっていて首を傾げる。子供が苦手なのだろうか。でもこっちのメガネの少年とは普通に話をしてたみたいだけどな。

「スーパーで声をかけられたの。いきなり匿ってくれって頼まれちゃって……スーパーには親御さんがいないって言うし、どうすればいいか分からなくて。とりあえず着いてきちゃったし、ここに来れば透さんいるから相談しようかなって」
「着いてきちゃったって……」
「だって、何か普通じゃない様子だったから。……ねえ、そういえば君の名前は?」

 突然自分に話を振られた男の子がストローから口を離して私を見上げる。

「……健太」
「健太くんかぁ」
「親御さんも心配しているだろうし、とりあえず連絡をしたいんだけど……お家の電話番号とかわかるかな?」
「うっせーよオジサン。帰らないっつってんだろ! 名前に匿って貰うんだよ!」

 固まった透さんに顔を青くさせる。健太くんは中々アグレッシブなやんちゃボーイみたいだ。怒った透さんは多分めちゃめちゃ怖いぞ。しーらない、と顔を逸らした先であの少年と蘭ちゃんも困ったように眉を下げていた。
 しかしそこは流石と言うべきか、大人の対応で怒ることなく流した透さんが若干引きつった笑顔でめげること無く健太くんに話しかける。

「親御さんたちが何も知らないと、彼女が誘拐犯になってしまうんだよ」
「……名前が?」
「そう。だからせめて親御さんに一言連絡を、」
「だから親はいないってば! 話のわかんねーやつ! 頭かたいんだよ!」
「け、健太くん、もう勘弁してください!」

 堪らなくなって健太くんの口を手で覆った。もごもごとまだ何かを言っているが流石にこれ以上好き勝手に喋らせる訳にはいかない。透さんは一周まわって開き直ったのか目の笑っていない笑顔を顔に張り付けている。怖い。めちゃめちゃ怖い。

「とりあえず交番にいって、捜索願が出されていないか確認に行きましょうか。僕、もうあがりなので。ついでに送っていきますよ、名前さん」
「え、あ、ありがとうございます……」
「そうだね、おねーさんこの前ストーカー事件解決したばっかだし!」
「す、ストーカー事件!? 名前ちゃんやっぱり被害にあってたの!?」

 心配させたくなくて蘭ちゃん達には気の所為だといって黙ってたのに。ジト目で少年を睨むと気まずそうな顔をされた。梓さんと交代で透さんがバックヤードに戻っていったのを見て見捨てられた! と顔を引きつらせる。

「いや、そんな大したことなかったんだよ。ほんとほんと! 心配かけちゃったみたいでごめんね」
「それならよかったけど……ねぇ、ところで名前ちゃん、安室さんといつからあんなに仲良くなったの?」
「えっ」
「いつの間にか敬語抜けてるし、それに名前で呼んでるじゃない?」
「ら、蘭ちゃんまで園子が言いそうなことを……普通に話してて気があっただけだよ!」
「ええ、本当に?」
「本当!」

 不満そうな蘭ちゃんはめちゃめちゃかわいいけど、流石に部屋を借りて一緒に暮らしてるなんて言えない。嘘をついているみたいで少し胸が痛む。

「そんなことより、実は明日からまた次の広告が始まるんだ! 今度はホワイトチョコレートをイメージしてるんだけど、チョコまたいっぱい貰ったから落ち着いたらお裾分けしに来るね」
「えっ、広告!? 前のチョコレートの広告すっごく素敵だったし楽しみ! そういえば名前ちゃんのブログ見たよ。学校で広告もCMもインタビューもブログも全部すっごい評判で、私達が嬉しくなっちゃった」

 頬に手を当てた蘭ちゃんに嬉しくなって頬を緩ませる。ぎゅ、と掴まれていた腕の力が少し強くなったのを感じて振り向くと、少し不安そうな、どことなく暗い顔をした健太くんが私を見ていた。

「……健太くん?」
「名前さん、お待たせしました」

 健太くんが何かを喋る前に安室さんがバックヤードから戻ってきた。視線を一瞬動かした隙に健太くんは普通の表情に戻ってしまっていて、その違和感に眉を寄せる。私の後ろで同じように眉を寄せたメガネの少年がいることには気が付かなかった。

「じゃあ蘭ちゃん、またね」
「うん。また学校で!」

 蘭ちゃんの隣で私を見ていたメガネの少年の前に屈みこみ、耳元に唇を寄せる。

「君も、この前はありがとうね。でもくれぐれも園子や蘭ちゃん達に詳細は漏らさないこと!」
「うっ、うん! わかった!」
「名前さん、準備はできましたか?」
「はーい、今行きます!」

 子供ながらに顔を赤くさせたメガネの少年の丸っこい頭を撫でて立ち上がる。健太くんがむすっとしてメガネの少年を睨んでいたけれど、喧嘩をしそうな雰囲気ではないみたいだ。小さい子は何を考えているかわからなくて難しい。可愛いけど。