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感情は宇宙の果て




 午前零時。ふと前触れもなく目を覚ました降谷零は、目の前で膝を抱えて眠る少女を見てしまった≠ニ頭を抱えた。ゆっくり体を起こした時に体からずり落ちたのは毛布で、少女の身体には薄手のブランケットしか掛かっていない。
 昨晩、少女が眠れないと言ってきた時の身体の冷たさを思い出して、少女の頬を手のひらで覆う。やはり冷たい。くそ、と自分に悪態を付いて毛布とともに少女を抱き上げる。その身体は微かに震えていた。
 ベッドに降ろして毛布を掛け直し、掛け布団を肩口まで掛けてやる。冷えた少女の手を温めるように覆っていると、ベッドに腰掛けていた降谷の手に頬を擦り寄せられる。

「……、」

 僅かに息を詰まらせた降谷は少女を起こさないようにそうっと布団の中に潜り込むと、その小さな身体を腕に閉じ込めて目を瞑った。なるべく熱を逃がさないように、と胸に引き寄せて背中を撫でられた少女の顔は、いやに安心しきった顔をしていた。

 ▽

 昨日の様子からわかるように、私はとにかく朝に弱かった。二度寝の後意識を浮上させたら気分で十分ほど微睡んで、ひとつ大きく伸びをしたところでようやく目がまともに開き始める。だから一回目のアラームは予定起床時間より三十分も早くに掛けなきゃいけないし、日によって微睡み時間が違うからそこも考慮しなければならない。なんと面倒なことか。

「……なんでだ……」

 だけど寝起きが悪い、イコール起きていない、という訳では無い。ちゃんと起きてアラームを止める記憶も残っているし、ディスプレイの時間の経過だってちゃんと確認できているのだから。
 体に回る腕と、頭の下に差し込まれた腕。当たり前だがちょうど二本。間違いなく安室さんのベッドだった。昨日はソファで寝落ちた安室さんの近くで膝を立てて寝ていたはずなのに、何がどうなったらベッドで横になっているのだろうか。答えはひとつしかないのだけれど。

「おはようございます。今日は冷静ですね」
「二回目じゃそう驚きませんよ……いやでも近いのは変わらないのでちょっと離れてください」
「あ、顔赤くなってきた」
「昨日寝言でまくらまくらってずーーーっといってた安室さんは相変わらず大人気ないですね!!!」
「…………えっ? あの、ちょっと、その話詳しくいいですか」
「さて顔洗ってこよーっと」

 背中に「名前さん!」と安室さんの慌てた声がぶつかるがなんのその。人をからかった罰だ。意地悪な顔をしている時の安室さんは生き生きとしてるからなおタチが悪い。
 私の枕はクッションと一緒になってソファに寝転んでいた。それを回収してもう一度ベッドに投げ込む。安室さんは一拍遅れで洗面所に行き、少し濡れた毛先を指で撫でつけながらキッチンに向かっていった。気のせいかもしれないけれど、一瞬見えた横顔は少しむくれていたようにも、恥ずかしがっているようにも見えて、それがなんだか物凄くおかしかった。

「今日、名前さんが撮影に行っている間に防犯カメラのセットをしてきますね」
「え、ポアロは今日もおやすみですか?」
「梓さんにかわってもらったんです。軽く事情を話したら、今にも泣きそうな声で早く解決してあげてください!≠チて」
「梓さん……」
「貴方の周りは味方だらけなんですよ。こうなってしまった以上、不本意ですが頼るのは僕だけじゃなくていい。何かほんの少しでも異変を感じたら誰かに頼ってください」
「……はい」

 少し俯いた私に、明るく笑った安室さんが「さ、ご飯にしましょう」とお皿を運び始める。それを手伝いながら、安室さんの言葉をもう一度心の中で繰り返した。

貴方の周りは味方だらけなんですよ

 じわりと暖かくなった胸をこっそり手のひらで抑えた。安室さんはいつも、私の欲しい言葉をくれる。ひとりじゃないということは、案外なによりも人を安心させるのだ。

 ▽

 名前を送り届けた降谷は、スタジオで顔を合わせた学から用意したという防犯カメラを受け取った。性能はまあピカイチ。最近のカメラは有能だ。自分の家のパソコン、それからスマートフォンに画面を共有させて、目の届かないところにセッティングする。
 部屋の中を一度見渡した降谷は、ふと目を細めてテレビ台の隙間に手を入れた。指先が掠め取ったそれは黒い機械。盗聴器だ。性懲りも無くまた仕掛けたらしい。部屋の中を二周して二個、三個、と手のひらにその機械を集めていく。足を止めた降谷は手のひらの機械に唇を近づけると、わざとらしく口角を引き上げて笑った。

「酷い男だ。本当に彼女を怖がらせているものが何かを分かっていないなんて」

 降谷は相手こそまだ特定していないものの、その男がどんな想いを彼女にぶつけているのかを隅から隅まで分かりきっていた。もちろん、憎しみの感情を自分に向けていることも。

「お前に彼女は眩しすぎる」

 バキン。鈍い音を立ててその機械はただのがらくたと化した。外から聞こえた走り去る音を静かに見やる。
 降谷にとって、名前は守るべき国の宝のひとつだった。それが自分にとってほんのすこしだけ特別になろうと関係ない。守るべきものは変わらないのだから。
 たとえ最後の言葉が安室≠フ言葉なのか自分≠フ言葉なのか、境界線が曖昧になってしまっているとしても。