僕は昔から何も出来ず、容姿にも恵まれず、皆から疎まれていた。石を投げつけられたり、汚い言葉を吐きかけられたりもした。俺はそんな生活から逃げ出したかった。ある日、呪いをかけられ、野獣になった王子の話を聞いた。秀麗な顔立ちが、恐ろしい獣の顔になったらしい。

(僕だったら、きっと。)

僕は自ら自分に呪いをかけた。すると、醜い顔が綺麗な顔になり、鏡のように美しくなった。何でも出来るようになり、永遠の命も手に入れた。僕はこれで何でも出来る。僕はそんなつもりでいた。

僕はひとりで生きていく力を手に入れた。


「待てよっ!」
「あははっ、」

しかし、僕はただぼんやりと皆が楽しそうにしている姿を見つめているだけだった。僕は誰にも話しかけようとはしなかった。どうせ、石ころを投げつけられるに決まってるんだ。僕はコミュニケーションを取るのを止めた。


心がすうすうして、なんだか変な感じだった。それが何なのか僕は知っていた。けど、それを隠した。傷付きたくなかったから。






「ねぇ、」

ぽん、と肩に手を置かれる。僕は、それを無視した。次の瞬間、手に暖かいものを感じた。僕はだれかに手を握られていたのだ。

「悲しいくらいに冷たいね、」
「ずっと寂しかったんだね、」

僕の目から涙が溢れた。人間は、僕の頭をぽんぽんと撫でた。心がすうすうしたのは、寂しかったからなのだと、気付いた。

だれかは、名をタクシーと名乗った。僕が名はミラーマンだと言うと、タクシーは笑って、じゃあミラーって呼ぶね、と言った。



「ミラー、おはよう」
「…おはよう」

僕は怖かった。初めて出来た大切な人を失ってしまうのが。所詮は脆い命。半世紀とちょっとで、いなくなってしまうんだ。そう思うと、僕は心からタクシーを愛することが出来なかった。

それから、半世紀以上が経ち、タクシーは寝たきりになって、

「ミラー、愛してる、」

と言って、そっと目を閉じた。僕は心から悲しくなって。恐れていた感情が溢れだした。初めてだれかの為に吠えた。泣き叫んだ。(タクシー、タクシー、)僕はタクシーの手を握った。あのときのような、あの温もりはすっぽりとどこかへ消えてしまったようだった。

タクシーがいなくなってから、また、半世紀が経った。僕はその間に何度も死のうとしたけど、どうやらダメみたいだった。もういちどだれかを愛そうとしたけど、やっぱりダメだった。



「タクシー、タクシー、…」

僕はぼろぼろと涙を溢した。こんなことになるのなら。こんなにタクシーを愛せなかったことを後悔するのならば。



愛せばよかったなぁ…





僕は出会うもの全てに愛を注ぎ、だれかが死ぬ度に涙を紡いだ。また、もういちどタクシーに出会えるその日を、何千年も待ち続けた。





「…はじめまして?」

ずっと、ずっと待ち続けた声が聞こえた。




(ずっと、ずっと会いたかった、)

僕は涙を溢した。



零れた涙は空色をしていた、





・・・・・・・・・
♪The Beast.

生まれ変わったタクシーと何度も
恋をするミラーマンのおはなし

おそまつ