担任の口から宇治原の転校を聞いてから、様子がおかしい。
無論、俺の。
ただでさえあんな重い事を考えるのだって珍しいのにそれからというもの何も手につかなければどんな話も耳に入って来ない。
始業式の長すぎる校長の話は勿論の事、気になっていた筈の新しい顔ぶれの先生の紹介から何まで全く持って覚えてない。
何かこう、胸の奥底の方でもやもやした黒い感情が渦巻いてるのがわかる。
これが何を表しているのかなんて俺が知る筈もなく、知っているとしたら思い浮かぶのは知識豊富なあの顔。


「適当に学級委員だけ決めたらあとは解散」


相も変わらず緩さ加減が過ぎる担任はそれだけ言い放つと教室から出て行った。
そのドアの音で我に返ったのだが。学級委員何てもう決まっているようなもので案の定秀才で眼鏡の男女が立候補した。(秀才といえど宇治原には勝てなかった万年2位3位)
職員会議で部活もない今日の日、帰りの支度をしていても「菅ちゃん、帰ろ」といういつもの声が掛かることは無く一人とぼとぼと学校を後にする。


家までの道のり。これほどまでに長かっただろうか。
つい先月までは毎日他愛もない変な話ばかりしているうちに気付いたら家に着いていたのだから、一度も口を開くことのなかった帰路は物静かで、長かった。
黒いもやもやが大きく膨らんだ気がした。


がちゃり。重いドアを開けて家に入るも平日の午後。誰が帰ってる訳でもない。
自室へ向かっている最中、手には携帯をもち開いていた画面には「宇治原史規」の文字。自然と、電話をかけていた。
3回程コールが鳴ったところで呼び出し音が消え今朝から一度も聞かなかったあの声が耳に入った。


「…もしもし?」
「もしもし、宇治原?」
「す、がちゃん、どしたん」
「どうしたもこうしたもあるかい」


どうして転校の話をしてくれなかったのか、どうして前もって伝えていてくれなったのか、どうして、どうして
言いたいことはたくさんあった。だけど、いざとなると言葉が出てこない。口を開けたり閉じたり繰り返している最中
俺の意図を感じとったらしい宇治原が声を発した。


「あのなあ、俺な、菅ちゃん以外に仲良い友達居らんかってん」
「…はあ?」
「何か、菅ちゃんに転校するって言うたら俺泣いてまいそうやったから、言われへんかったん」
「泣く、って、あほちゃう」
「今回ばかりは俺もそう思うわ」


既に鼻声で出す声を震わせている宇治原。電話の奥から鼻をすする音が聞こえた。
敢えて、気付かないふりをしているが気に留めてしまうと何かこっちまで泣きそうになってきた。
そこで気付いたが、黒かったもやもやの色が何かもっと別の色に変わった気がした。


「会いたい」


無意識に、呟いていた。