小説2 | ナノ


驚いた。そのまま一瞬動けなくなり、しまったと思った。しまった。(あれ、なんで)(なんでしまったなんだっけ?)
そうだ、シズちゃんが、俺とキスしたこと、嫌がると思ったから。なんでそんなことするんだって責められると思ったから。(いや、俺が意図してしたわけじゃないけど)引かれて、もう来るなっていわれるのが嫌だったからだ。耐えられない。

でも、なんだろう。この質問、シズちゃんは覚えてるとしか思えない。それでもまだ、今日俺がここに来て、こうやってご飯食べてられるってことは、引かれたりはしてないのかな。シズちゃん大学生だし、飲み会とかで割りとそういうノリとかがあったりするんだろうか。
そういえば自分も、結構絡まれたり、押し倒されたりなんだりしたなあ、と、臨也はあまり良いことの無かった学生時代のことを思い出した。うーん、そうだったら安心だけど、いい気はしない。

臨也が学生時代の苦い経験を思い出していると、静雄が痺れを切らし、おい、と臨也を再度呼んだ。今度はあまりびくつくこともない。あ、ごめん、と軽く謝り、臨也は静雄を見返した。

「シズちゃんは覚えてるの?」
「ああ。」

確証が持てずに、墓穴を掘るのは避けたい、と臨也は思ったのだが、静雄があまりにあっさり肯定するものだから拍子抜けしてしまった。お、おぼえてるのか。

「そ、そうなの、そっか…覚えてるんだ…。」
「…その反応はお前も覚えてんだな。」
「う、ん」

なんで言わなかった、と聞かれ、黙り込んでしまう。だって、言えないじゃないか。シズちゃんに引かれたら、俺はきっとダメージすっごい受ける。それこそもうほんとうにはかりしれない。それに、何て言えばいいのさ。君とキスしたんだけど、どう?とか言えばいいの?
何も答えられない俺をシズちゃんは黙ってみていたが、きゅ、っと一瞬眉根を寄せて、それから、もういいよ、と言った。

「悪い。飯食おうぜ。」
「え、シズちゃん、」
「いい。……悪い、もういいから。」
「…ん。」

シズちゃんは俺の横を通り抜けると、すとんと椅子に座った。何も答えられていないけど、これでいいのか。なにか、伝わったのかな。でも、引かれたりはしてないし、シズちゃんは少し様子がおかしいけど、軽蔑するような雰囲気じゃない。ただ、なんだか、少し、近寄りがたいようなだけで。

それ以上何か言うことも、追求することもできず、俺はシズちゃんの向かい側に座ると、フォークを手に取った。ご飯は相変わらずおいしい。それを伝える以外、シズちゃんとの間に会話はなかった。





臨也はやっぱり、覚えていた。俺が覚えていることが予想外だったようで、臨也はぎくりとして固まった。あ、まずったかもしれない。
固まってしまった臨也に声をかけると、今度はいつもと変わらない涼しげな反応が返ってきた。シズちゃんは覚えているの。
なんと答えればいいのかわからない。ただ、臨也ははじめの問いに答えなかった。覚えていて、俺が覚えていないのなら、自分の中で有耶無耶にしてしまおうと、思っていたのかもしれない。忘れてしまいたかったのかもしれない。(けど、)(俺は、忘れたくない。このままの関係でいたくない)

「ああ。」

頷けば、臨也はまた驚いたように目線をさまよわせた。そ、そうなの、ともごもごとしている。覚えてる、臨也も。覚えてんだな、と念を押すと、うん、と頷いた。

なにか、行動しなければ。このままモデルと雇い主の関係でいたくはない。

「なんで言わなかった。」

どうにかして、繋ぎ止めたい。それに、臨也は、もしかしたら。
そう思って、目をぱちぱちさせている臨也に聞くと、今度こそ臨也はうつむいてしまった。困ったように肩が震えている。何もいえないようで、やり場の無い指先がパンツを掴んだ。
(あー)
だめなのかもしれない。とうか、だめだろ、この反応は。これは拒絶、だろう。目もあわせんねえくらい、無理だってことかな。
消えてしまいたい衝動に駆られたが、どうすることもできない。目の前の臨也はまだこまったようにうつむいて、時々視線をこちらへよこしてくる。
できるだけ表情を変えないようにしたつもりだが、無理だったかも知れない。もういいよ、とだけ言って、俺は臨也の側を離れた。元から望みはなかったが、ショックはある。悲しい。
ぱっと振り返った臨也は、困った顔をしていて、あー俺が困らせてんだな、と思ったら堪らなくなった。

それから向かい合って食べた飯は、ろくな味も覚えていない。帰り際にいつものように、土産として用意したカップケーキをわたして、いまだ少し困惑した表情の臨也を見送った。

我慢していたタバコに火をつけると自然鼻の奥がツンとして、やりきれない気持ちになる。ほぼ完成状態の臨也の彫刻も、ぼんやりと影がかかって悲しげに見えた。






久しぶりの更新ですみません…臨也も静雄も変にネガティブです。


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