ばたん、とドアの閉まる音が響いた。ぼうっとそちらを見つめていた臨美の目から、収まった筈の涙が零れる。 『臨美…』 「セルティ、どうしよ…女じゃなくなっちゃったよ…今まで嫌われてても望みあるかなーって思ってたのに、も、だめ、だ…。」 『そんなことっ…!』 「そ、それに、お、女なら、好かれてなくても、シズちゃん満足させられたかも、なのに…!ど、道具みたいでも、よかった、の、」 私は臨美にそれ以上言わせまいと口を手で塞ぐ。臨美は驚いて目を見開き、それからほろほろと無言で涙を流し続けた。 見ていられなくなり、静雄の後を追って私は家を飛び出した。 # 混乱していた。これ以上ないくらいに。おかしくはないだろう、好意を寄せていた(ただし望みは0%だったが)女が突然男になったのだ。 あーくそ、いらいらする。 ち、と舌打ちをする。思い出されるのは扉を閉める瞬間に見えた、臨美の顔だった。今まで見たことがないくらい不安に濡れた瞳。 俺ではなく新羅に頼った事実。当たり前のことだが、胸くそ悪い。 ポケットから煙草を取り出し、俺はブロック塀にもたれかかった。肺一杯に煙を吸い込む。一瞬だけ体が満たされたように感じる。 ふ、と煙を吐いた向こうに、見慣れた黒バイクがぼんやりと佇んでいた。 「セルティ…。」 『………。静雄、話をしてもいいか?』 「ああ。俺もちょうど話があったんだ。」 セルティはバイクから降りて、坪にもたれかかる。PDAに文字を打ち、こちらに見せた。 『お前は臨美が好きか?』 唐突に現れた文に一瞬羞恥がよぎる。しかし隣で真剣に文字を打ち出したのであろうセルティを見て、それは消え去った。 「好きだ。俺は臨美を守ってやりたい。」 『臨美が男でもか?』 じくんと心臓が揺れた。男でも。そうか、そうだった。 「…、俺は臨美が男であろうと女であろうと、あいつが好きだ。身体なんて関係ねぇ。」 自分の発した言葉に気付かされた。 そうだ、関係ないのだ。混乱で忘れていた。俺は臨美に心底惚れているんだ。 あいつが男だろうが女だろうが、関係ないんだ。 『静雄…!それなら、』 「ああ、ありがとな、セルティ。やっとわかった。」 俺はセルティに笑いかけ、新羅のマンションへと急いだ。 # ばあん、と爆発したような音が玄関から響いた。向かい側に座ってコーヒーを飲んでいた新羅はやれやれとつぶやき、お客さんだよ、と私を玄関へ促した。 「臨美、話がある。」 玄関に立っているシズちゃんはまっすぐこちらを見てくる。私は目を合わせることができない。裸足の、自分のものではないような足を見つめたまま、私はうん、とだけ言った。 「俺がてめえに嫌われてるのは知ってる。」 淡々と紡がれた言葉に体が震えた。違う、と言えない自分が憎い。私は何も言えないまま足元を睨み続ける。 「…けど、俺はてめえが好きだ。今回のことでふっきれた。…てめえが男だろうが女だろが、関係ねえ。…好きなんだ。」 まっすぐに、ただまっすぐに見つめてくるシズちゃんの瞳は私の心を射抜く。 止まった筈の涙が溢れた。 私は震える唇を必死に動かす。伝えたい。シズちゃんに。 「…わ、たし、もっ…!私も、シズちゃんが、すき、…っう、ふええぇ…」 とうとう立てなくなった私をシズちゃんはへにゃりとした苦笑を浮かべながら支えてくれた。 頬を伝い落ちる涙は暖かく、少し甘く感じた。 次でおわりです。 やっと両思い! |