小説 | ナノ


シズちゃんからメールが届いた。普段あんまりメールしてこないシズちゃんからのメールだと、俺は浮き足立ちながら受信ボックスを開いた。のだが。

「なにこれ…?」

タイトルはなく、添付画像があるわけでもない。本文には一行、あたまいたやすむよろしく、とだけ書いてある。頭痛い、休む、よろしく、かな。シズちゃん、風邪でもひいたのかな。明日はいつもの約束のバイトの日なんだけど大丈夫かな。にしても、なんで俺にこれ送ってきたんだろ…相変わらずシズちゃんよくわかんないな。
首を捻って思考を巡らせていると、また携帯に新着メールが一件届いた。

‘わるい送りさきまちがえた’

一件前の、盛大に誤字っているメールを眺めながら、誰に送るつもりだったんだろうと考える。俺へのメールも絵文字などは使わないが、もう少しきちんとしたものが届いていたはずだ。平仮名だらけでオマケに誤字ってるメール。なんか、すごい仲良さそう。
胸の奥がつきんと痛んだ。風邪引いて、メールもきちんと打てないときに、誰にあんなメール送ったの。誰かに看病してもらうの。

冷めてしまった珈琲を飲みながら、別にシズちゃんは俺のじゃないのに、とか、シズちゃんの本当のメールの送り主は誰だったんだろ、とか、考えだしたら止まらなくなった。
はあ、と溜め息をつくと、折原先生お悩みですか?なんて、カップコーヒーを片手に持った新羅がやにやしながら仕切られている俺のデスクを覗いた。個人のプライバシーやプライベートを尊重するためのこの薄い仕切りは、どうやら新羅にとっては障害でもなんでもないようだ。つか、こいつわかっていってるだろ。

「そういうんじゃない……こともないけどさ……ねえ新羅、例えば君の恋人が風邪引いてたらさ、」
「セルティが風邪だなんて考えただけでも胸が苦しいよ!!」
「例えばって言っただろ!」

恋人、風邪、という言葉をだした途端、新羅はガタンと立ち上がり机を揺らした。まだカップに残っていたコーヒーをこぼさないように寸でのところでカップを持ち上げる。まったくコイツはほんとに…。

持ち上げたカップをそのままにコーヒーをおかわりしようと立ち上がった。新羅に聞こうとした俺が馬鹿だった。あいつに一般的意見を求めたって無駄だ無駄。
コーヒーメーカーのスイッチを押すとガリガリと音がした。どうやら丁度切れたときだったらしい。
なんというか、どうしようもないな。ふう、とため息をつくと、それを目ざとくみつけた新羅は、にたにたと笑いながら、例の年下の子かい?などといってきた。
コーヒーぶっかけてやろうかこいつほんとに。

「なんだったっけ?しずちゃん?」
「お前がシズちゃんとか言うな。…もういいから仕事しろよ、新羅には関係ない」

あっち行け、とジェスチャーすると、新羅ははいはいと肩をすくめ(すげえむかつく)自らの仕切りのなかへと帰っていった。あーうるさかった。あいつに聞いたのが間違いだったなほんとに。
ようやくいっぱいになったカップを持ち上げると、ポケットにいれてあった携帯がぶるぶると震えだし、あやうくコーヒーを零しそうになった。ステンレスの机にカップを置きなおし、携帯を取り出す。

「…え、」

着信はシズちゃんだった。シズちゃんから電話なんて珍しい。というか初めてじゃないか。どうしようどうしようと数秒ぐるぐるした後、コーヒーはそのままに携帯を耳に押し当て、事務所を後にした。







昨日の夜からなんとなく寒い気がした。頭がぐらぐらする気もした。だがそれほど辛いわけでもないかったし、放っておいてそのまま寝た。

「三十八度…て、まじかよ…」

朝起きて熱いわ喉痛いわ体重いわ頭痛いわで体温をはかってみるとなんと熱があった。熱でるなんて久しぶりだな。小学校以来じゃねえのか。とりあえず門田に連絡しようと携帯をつかんで、明日が臨也との約束の日だと思い出した。タイミング悪すぎるだろ。ただでさえあの日しか会えねえっつうのに。はあーとためいきを吐きながら、門田へのメールを送信する。上の空で打っちまったけど、まあ門田なら分かってくれんだろ。
とりあえず、寝ちまう前に臨也にも連絡しとくか。会えねえのは残念だが、風邪移すのはもっと嫌だしな。
かちかちといくらか携帯を操作して、送信履歴を開いてみると、なぜか臨也が一番上にあった。

「…っ、」

まさかと思って送信ボックスを開く。さっき適当に打った、門田に送ったはずのメールがあった。のだが。送り先は案の定、臨也になっていた。

「門田、と、折原…」

やっちまった、と頭を抱えてみても送ってしまったメールはどうしようもない。今まで臨也に送ってきたメールは、どれも結構神経使ってうってきていた。送る前に二回は誤字がないか確認するくらいに。
布団の中で数分後悔して、とりあえず謝罪メールを送ろうと携帯を開く。今度は開き直って確認せずそのまま送信。ついでにさっき間違えた門田へのメールを送る。
はあ、と一息ついて、俺は起こしていた上体をごろりと枕にもたげた。
体が重いしだるい。頭も痛い。久方ぶりの風邪は随分辛く感じる。
しばらく目を閉じていると、携帯が着信を告げた。なんとなく期待して携帯を開く。まあ、門田だったわけだが。
了解したという文面と心配の一言で終わっているメールを読み終わり、俺はそのまま携帯を握りしめ、初期設定のままの待ち受け画面を見つめる。じい、とそのなんの変哲もない画面を見つめてみるが、画面が着信を告げる画面に切り替わることはない。
(声、聞きてえなあ)
付き合っているわけでもない。これといって分かり合える同じ趣味があるわけでもない。それに加えて、相手は社会人で俺はただの学生。唯一あるつながりは、俺が頼んだモデルのバイトだけ。しかも金を払っているわけでもない。
(ただの迷惑、かもしんねぇ)
風邪というのはおかしなものだ。いつもよりずっと大きな気持ちで、臨也に会いたいと願ってしまう。寂しくて人肌恋しくて、臨也のあの少し冷たい手を握って眠りたいと思ってしまう。

「あー…ちくしょ…」

どうしようもないな。
少し前に臨也が社会人だと知ったとき、俺は臨也の迷惑になりそうなことは止めようと思った。ただでさえ年の差があって、叶わないだろう恋なのだ。ならばなるべく、臨也の負担にならないようにと。(これは俺のただの下心でもあるのだが。)
そう思っていたが、声だけでもいいから臨也に触れたいという気持ちはなくならない。明日休みだって連絡。そんな言い訳を添えながら、俺は電話帳から折原臨也を探し出した。
発信ボタンをプッシュして携帯を耳に押し当てる。発信音が二回響いたところで、はっとした。今日は、月曜日。今、午前十時。俺は休みだが、世間は平日。もちろん、臨也だって仕事中のはずだ。やってしまった。
とっさに電話を切ろうと携帯を耳から離す。と、ぷつ、という小さな音とともに、待ち望んだ爽やかな声が聞こえてきた。

「もしもし、折原、ですけど」

普段より幾分か高く聞こえるその声にどくんと鼓動が早まった。離していた携帯を急いで耳に押し当てる。

「…?シズちゃん?」
「あ、わり、ィ…」

少し不安そうな臨也の声に答えるため少し大きな声を出したら、タイミング悪く咳き込んでしまう。あーかっこわりい。つあ、なんか、同情狙ってるみてえになっちまった…。電話の向こうで臨也は慌てて、大丈夫かと尋ねてきた。

「わるいな、ちょっと、調子悪くてよ」
「そうなんだ……」

消え入るような声で臨也はそう呟いた後、黙ってしまった。臨也の声を聞けたことで舞い上がっていた気持ちが段々と冷静になってくる。すると自分の失態がありありと感じられて、俺は頭を掻き回した。仕事中だろ、どう考えても。

「ほんと、悪い。今、仕事中だったよな。」

素直に謝ると、電話の向こうの臨也は慌てたように、今休憩中だから、と言った。

「で、シズちゃんどうしたの?なにか用あったんでしょ?」

気を取り直すように明るい声で尋ねてくる臨也に、ぐっと言葉に詰まってしまう。建前は、明日の約束が無理だと伝えることなのだが。声を聞いてしまっては、会いたくなってしまうのは当たり前のことだ。それに、電話の本当の理由は、声を聞きたくなってしまったことなのだ。

「…シズちゃん、さ、」

黙った俺に、電話の向こうの臨也が、また小さい声で呼んだ。

「いま、家に、一人?」

俺の返事は聞かないで、少し震えている声音でそう尋ねてくる。どうしたんだと思いながら、ここで特になにか取り繕う必要もないどろうと思い、ああ、と頷いた。
一瞬の沈黙、それから、そっか、いないんだ、という、独り言のような声。その小さな声に耳を澄ませていると、臨也が少し強い声で言った。

「あのさ、迷惑じゃなかったら、今日、仕事終わってからになるけど…シズちゃんの家、いってもいいかな」







風邪ネタ!美大生パロじゃなくてもいいきがしますが…続きます〜

title by zinc


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -