ろぐ | ナノ
時刻は午前0時26分。
買ったばかりのカップに注いだホットミルクも先ほど飲みほし、カラカラと小さく音を立ててベランダへと足を踏み入れた。
こんな時期でも、夜になれば外はまだ少し肌寒い。露になった二の腕を交差させた両手でさすりながら正面を見た。
真っ黒な世界にポツリポツリと光が輝く。そんな空間に、白い鳥が確かに見えた。
やがてその鳥は大きく大きくなり、目の前へと着地したのだ。



「こんばんは、美しいお嬢さん」
「……」
「どうかしましたか?」
「…え、と……あなたはたしか……か、怪盗キッド?」
「ご存知でしたか、それは光栄」
「そりゃあもう有名だもん」



怪盗キッドといえば今じゃ一種のヒーローみたいに人気がある。その華麗かつ大胆なマジックや、キザな物言いからどこかカリスマ性を醸し出す男。
事実、私もこの間まではキッドキッドと騒いでいたものだ。ここ最近はすっかり熱も冷めていたが。(ミーハーなのは認めよう)



「なんでこんなところに?ってゆーかここ24階よ?あなた本当に飛べるの?まさかそのハンググライダーで?」
「…質問の多い女性ですね?」
「あ、やば。止まるとこ間違ったとか思っちゃった?」
「そんなことありません、お喋りなお嬢さんもとってもキュート、ですよ」
「きゅっ、キュー…!」



おや、真っ赤になった私の顔を見てキッドはそう言った。
だってキュートって…!そんなの初めて言われた!
ってゆーかキッド赤くなるってわかってて言ったよね?強調してたもん、キュートってとこ!



「それよりこんな時間にその格好では風邪を引いてしまいますよ」
「平気。私の話はいいから、あなたの話を聞かせてよ!」
「何も面白い話はありませんよ?」
「今日は何を盗ったの?」
「怪盗に見せろとでも?」
「だって怪盗キッドといえば、何億もするお宝を盗っちゃうじゃない。見てみたい!」



前から思ってたことを言うと、怪盗キッドは少し眉を下げて笑う。
敵いませんねと微笑む彼がとてもかっこよく見えた。(ってかよく見ればめちゃめちゃイケメン?)



「見せたい気持ちはありますが、生憎宝石は返してしまいました」
「えー!」
「申し訳ありません。…ですが、今宵の獲物も貴方のような麗しい人の前では霞んでしまいますよ」
「な……何その歯の浮くようなセリフ…!」
「私は事実を述べたまで」



チュ、と小さなリップ音を立て手の甲にキスを落とすキッド。あんまり綺麗なしぐさだったからつい見とれてしまった。



「それでは、そろそろ夜も遅くなってきましたので失礼しましょう」
「えっ……もう行くの?」
「はい。…また会える日を楽しみにしています」



ベランダの手すりに立ち、思い出したように彼は「あぁそれから」と顔だけを向けてきた。



「怪盗キッドは何億もする宝石ばかりを狙うわけではありませんよ」
「へ?そーなの?」
「はい。…例えば、あなたの心を盗んだり、ね」



とびきり甘い言葉を残して、漆黒の世界に白を際立たせて怪盗キッドは去っていった。


……ああ、本当に盗られてしまったのね、私の心は。



(彼はまた会いにきてくれるのだろか)(私だって楽しみにしてるから)
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