ろぐ | ナノ
ザーザーと耳障りな音を耳にしながら、浴室にいる若い女はシャワーから流れる水を頭からかぶっていた。
イスに腰掛けてシャンプーを手のひらに適量乗せ、自らの長い髪になじませる。



『自分の後輩で遊ぶのはそんなに楽しいですか?』

「楽しんでるわけじゃない、俺は可愛い後輩に協力してるんだよ」

『双方に良い顔で協力してたら楽しんでるも同然です』



指を動かし泡立てながら、艶やかなボディーラインを持つ少女───桃乃は、雇い主である臨也に冷たい声色で言い放つ。
そんな桃乃のいる浴室と臨也のいる洗面所を隔てる扉に手をかけ、彼はなんの躊躇いもなく開けた。


その瞬間桃乃は振り向くこともなくシャワーを後ろに向けた。同然、お湯は臨也の全身を濡らす。



「あーあ、濡れちゃった」

『当然でしょ。もういっそ服のまま入ったらどうですか?』

「……、ま、いっか」

『(うわあほんとに入りやがった)…気持ち悪くありません?』

「気持ち悪い」

『そらそーだ。ってかよく女子高生が入るお風呂に入れましたね。私裸ですよ』



そうは言いつつも全く恥じらいの色を見せない桃乃に対して、臨也は笑顔を浮かべながら濡れて肌にまとわりつくシャツを指で引っ張り遊ぶ。



「君の裸なんてもう見なれてるよ」

『え。じゃあ何も思わないの?』

「いや、思うっちゃ思う。正直襲いたいくらい」

『なら許そう』

「え。ヤっていいの?結構激しくするつもりだけど」

『違いますよ、お風呂に入ってきたことを許すって意味です』

「なんだ」

『あからさまにガッカリな声出すんですね』

「思わせ振りなこと言う桃乃が悪い」

『ほっぺふくらませるな、かわいくないから』

「つれないなー」



すべてを終え、湯船に入るかどうかを考え込むと臨也さんが湯の中で伸ばしていた脚を折り曲げた。まるでそこに入れと言うように。



『……』

「どうしたの?」

『臨也さんの服汚そう』

「は?」

『もうこのお湯も臨也菌に侵食されてるかも』

「よく言うよ。いつも俺の服を洗濯してるのは誰だっけ?」

『それもそうだ』



どうやら納得したようで桃乃は静かにその体を適温なお湯へと沈めていく。
そしてしばらく他愛ない会話を交わす2人。「お腹空いた」『夜ご飯食べてきてないんですか?』「うん。何か作って」『そうめんとか』「…ま、いーけど」こんなふうに。



『臨也さん』

「何?」

『あんまり竜ヶ峰くんや紀田くん、園原さんを巻き込まないでくださいよ。私の可愛いお友達なんだから』



"可愛いお友達"なんて言いながらずいぶんと他人行儀な呼び方をするところは、よく人と自分の間に一線を引く彼女らしいといえば彼女らしい。
そして唯一彼女の一線を越えて"こちら側"にいる目の前の男は、目を細め口で弧を描く。



「それは本当に君の気持ちなのかな?」

『まさか!建前ですよ。本当は臨也さんに関わって欲しくないだけ』

「なんで?」

『私は臨也さんさえ無事なら、竜ヶ峰くんや紀田くんや園原さん、ううん、平和島さんや岸谷さんや門田さんや遊馬崎さんたちだって……臨也さんを除く全人類がどうなったっていいんです』

「桃乃さあ、大概変な性格してるけど友達いるよね」

『臨也さんと一緒にしないでください』



そう言った桃乃に、臨也は普段桃乃以外の人物には決して見せないような笑顔を見せキスをした。
そうして桃乃はキスをされた時に、思うのだ。


──ああ、きっと。
私の世界はあなたを中心に回ってるのですね。


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110812//世界はきっと
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