ろぐ | ナノ
「ごめん、もう一回言って」



そう言った目の前の彼の表情は、今までに一度も見たことのないそれだった。



「……」

「ねえ、もう一回言って」

「……えーと、どこらへんから?」

「それは君にまかせるよ」

「…怒らないで聞いてね?」

「まあ無難なとこからだね」

「あたし、臨也の誕生日今日だって知らなかった」

「……」

「ほ、ほんっとーにごめん!」



ガバッと頭を下げ、誠意を込めて謝罪をする。だけどパソコンの前に座る臨也は反応ゼロだから、あたしは頭を上げられずにいる。


今日は5月4日。…そう。臨也の誕生日。半年前に付き合ったあたしと臨也だけど、今日が我が彼氏の誕生日なんて、まったく知らなかった。



「…どうやって知ったの」

「…今日、ここに来るときセルティに会って」



『そういえば今日は臨也の誕生日らしいな。アイツに誕生日があるなんて少し違和感だが、彼女の桃乃からは何を贈るつもりなんだ?ん?』



セルティにしては珍しくからかい口調だったよ。


そう言ってからおずおずとうかがうように顔を持ち上げる。すると臨也はいつのまにかこっちまで来ていて。あたしの腕を強い力で掴み、足を進める。



「いたっ、」



ドサッと投げられたのは予想外のベッドで。ふかふかとしたそれにあたしの身体は柔らかく包まれた。ちょ……ちょっと待って。べ、ベッドって、なんでっ…!?



「ってことは、」



投げた張本人である臨也も片膝をベッドに乗せ、ギシリとスプリングが鳴った。臨也の顔から危機感を感じたあたしはベッドの上で少し、後退った。



「臨也…?」

「もちろんプレゼントは無いってことだよねぇ」

「そ、そーなりますね」

「君って俺のなんだっけ?」

「…カノジョ」

「うん。正解」



ニコニコ。綺麗に笑いながら臨也が近付いてくる。あたしも同じように下がろうと思ったけど、どうにもうまいこといかず。臨也があたしの足首を掴み自らの方に引き寄せた。



「ひやあっ」

「ショックだなあ。悲しいなあ。せっかくの誕生日を彼女に祝われることなく終えるなんて、さ」

「祝うよ!これからケーキ買いに行くつもりだし!料理だって頑張るつもりだし!」

「へえ、そりゃあ楽しみだ。でも俺はプレゼントが欲しいなあ」

「…買ってくる」

「いいよ。俺が欲しいプレゼントは、物なんかじゃないし」



はあ?物じゃない、プレゼント?


無い頭で真剣に考えた。だけど正解はわからない。なんだろう、いくら考えても答えが見えなくて。あたしの顔の横につく手を見たあと、上にある臨也の顔を見た。



「桃乃」


「よく考えようか」


「ここは、俺の部屋のベッド。欲しいのは物じゃない。今すぐ手に入る、モノ」



……待って、ください。



「い…臨也さん?ちょっと待って、いくらなんでも、その、今はお昼だし…?」

「別に昼にするのは初めてじゃないだろ」

「だ…だからって……自分の誕生日、に、がっつきすぎ…!」

「桃乃相手だとね」

「……本気?」

「もちろん」



あっ。そう声を出した時には、臨也はあたしの首に噛みついていた。



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溶けて、溺れて//11.05.04 唄
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