ろぐ | ナノ
こんなはずじゃなかった。

まず私の中での誤算を挙げていこう。1つ目、別に私は着物を着ようと思っていなかった。まあ普段よりはお洒落な服を着て参加しようと思っていたが、特に例の式に関心を抱いてなかった私からしてみればそれは何もおかしいことじゃなくて。それなのに何故か私は今、振り袖を揺らしながら無駄に姿勢を良くして歩いている。カラン、カランと下駄がなる。ついったー風に言うならば"振り袖なう"。そして時は経過する。

「あれ?桃乃お酒飲んでる?」
『え、ああ、うん、飲んでます』
「ペース遅いじゃーん」
『そ、そうかな』

2つ目の誤算、それは現状。お酒を飲むつもりもなく、更に言うならば少し覗いて帰るはずだった。だった、というわけだからそれは過去形で実際まだここにいる。

全てを話そう。


今日は1月の第2月曜日、つまりは成人の日である。私は昨年二十歳を迎え、朝から着る予定のなかった振り袖に腕を通し成人式に参加。そして日が沈んだ頃、新宿にある居酒屋の大きな個室を借りて中学の同窓会が始まった。先程も述べた通り少し覗いて帰ろうとしていたのに、なぜか捕まってしまい腰を下ろすこと二時間、今に至る。中学時代はたいして親しくもなく名字で呼んでいた彼(佐藤くん、だった気が)はどういうことか馴れ馴れしくも名前で呼びやたらとお酒をすすめてくる。正直、ついていけない。なんで私興味もない同窓会に…?帰りたい。

「ねぇ知ってる?今日折原来るらしいよ」
「え、マジで!うっそー超見たい!中学の時からアレだったんだし絶対かっこいいよねー」
「お持ち帰りされたい、みたいな?」
「あんた彼氏いるでしょーっ」
「いや折原ならあたし一夜限りもありかなと」

…オリハラ?おりはら、おりはら……なんだか聞き覚えのある………

『あ』
「どーしたの?」
『あ……唐揚げとってくれる?』
「はいどーぞ」
『ありがとう』

思い出した、思い出したぞ。オリハライザヤ、そうだ折原臨也だ。中学3年に初めて同じクラスになって、一度だけ隣の席になった。彼と。そして適度に喋る仲だった覚えがある。徐々によみがえる記憶を辿ればまたあることを思い出した。確か私は、あの時折原君に恋をしていた。隣の席になって数週間がたったときわずかに跳ねる胸に気が付いたのだ。確かにあれは恋だった。記憶を探ると案外思い出すなあ。

『(折原君来るのかあ)』

ゴクリと最後の一口、ビールを飲み干す。そういえば彼は端正な顔立ちだったなぁ。女の子にもモテモテで、私もその一部だったわけか。そう思うとなんだかただのミーハーみたいだな私。話を戻すが、まあ確かに二十歳になった折原君は見てみたい。さらにかっこよくなってるとは思うけどあまり期待しないでおこうか。実際はすごくデブになってるかもしれないしブスになってる可能性だってある。思い出は綺麗なままで終わらせたいとはよく言うが、同感する気持ちが生まれてきたりもする。……ああでも、

「あ、なんか折原来ねえらしい」
「えー!?なんで!?」
「知らねえよー」
『(…なんだ、来ないのか)』

やっぱりちょっと会いたかったかも。折原君が今私に会ったときどんな顔をするのかなぁ、とか、なんて言うのかなぁとか、そんなことを思ったりして。だけどこれは単なる自惚れで、向こうは私のことなんてこれっぽっちも覚えてないかもしれない。それはそれでしょうがないんだけど私だけ覚えてるのは少しばかり癪だなぁ。そんなことを考えてるとだんだん眠くなってきた。きっと弱いのにこんなお酒飲んだからかなー…まあちょっとだけなら寝ても、いいか…みんな騒いでるし、少しだけおやすみなさい。





「…桃乃」
『んん……』
「桃乃」
『なに…』
「起きて」

心地いい声に名前を呼ばれて意識が戻り、ゆっくりと瞼を上げていく。まだ少しぼやける視界の中心に映ったのは私の視線に合わせるようにしゃがみこむ人物。それはまぎれもない、彼だった。

『……おりはらく、ん…?』

真っ直ぐ私を見る赤い目、触れば気持ち良さそうなサラサラした漆黒の髪。……折原君、だあ…。やっぱり折原君はかっこよくなってるんだなあ。すごく、すごくすごくかっこいい(まわりの女の子がざわついてる)。

「行こう」
『え、』
「立てる?」
『大丈夫……』

大丈夫と言いつつも立ち上がろうとすれば足元がふらついてすぐに座り込んでしまった。お、お酒とは怖いものだ。ビール一杯(二杯?)でまともに立てなくなるなんて。私が弱いのだろうか。えへへと情けなく笑いながら折原君を見上げると溜め息を吐き、私の腕を掴み引っ張った。……かと思えば、何がなんだかわからない間に私はお姫様抱っこされていた。……お姫様抱っこ…!?(まわりの女の子の声がさらに!)

『お、折原君!?』
「強がりは変わらないな」
『……おぼえてるの?私のこと』
「忘れてたら中学の同窓会なんて来ないけど」
『……』

やばい、やばい、やばいぞこれは。気持ちが中学の頃に戻るみたいな感覚。惹かれていく、折原君に。折原君も人を惹き付けるところは変わらないね、そう言ったらクスリと笑われた。笑った顔も、かっこいいですね…!折原君にお姫様抱っこされたまま、居酒屋から抜け出た。後ろで何度も彼の名を呼ぶ女の子の声を無視してスタスタと歩く折原君。細いのに、力あるなあ。感心……じゃなくて、この状況だ。『折原君もう立てるよ』「歩けないだろ」『や、大丈夫』「いいから」…うーん(ダイエットしとけばよかった)。やがて着いたのは大きなマンションの前。何の躊躇もなく中へと足を進めていくあたりからどうやら彼はここに住んでるらしい。最上階まで行ってから扉を開け、進んでいく。折原君何のお仕事してるんだろう。新宿でこんな景色のいい広い部屋(しかも最上階)借りるなんて一般大学生の私どころかサラリーマンにも到底無理な事だ。目を丸くさせる私を折原君は丁寧にソファーに座らせてくれた。そして彼も隣にドカッと座り、すらりと長い脚を組んで片腕だけ背もたれにあずけた。

「久しぶり、桃乃」
『…ひ、久しぶり』
「まさか桃乃が同窓会に行くなんて思わなかったよ。絶対興味ないと思ってた」
『私も行くつもりなかったの。いるかなって思って少し覗いて帰るはずだったんだけど…』
「誰が?」
『え』
「誰がいるかなって思ったの?」

誰が…?そういえば私誰がいるかなって思ったんだっけ?あの時はただ『いるかなー』って気持ちだけだった。誰が?わからない。

私は誰に、会うことを期待してたの?

『……。折原君はなんで同窓会に?誰かが折原君は来ないって言ってたよ』
「桃乃がいるって聞いたから」
『…折原君はそうやって女の子を騙すの?』
「別に騙してないんだけどなぁ」
『……私、折原君が好きだったんだよ、あの時。知らなかったでしょう』
「知ってたよ」
『えっ』
「今もまた好きになったことだって、知ってる」

折原君が笑う。折原君が「情報屋だから」と言う。折原君が私の長い髪を指先でいじる。折原君が近付く。折原君が、私にキスをする。

「俺はずっと、好きだったけどね」


懐かしい彼に再会、
私たちはあの頃から何も変わっていなかった。
私はあなたが、ずっとずっと大好きだったのです。

(あなたの顔を見るために、私は今日着るつもりのなかった振り袖を着て、参加するつもりのなかった同窓会に参加したのでしょう)

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2011.01.11
成人の日ですね。二十歳の皆さんおめでとうございます。振り袖見るとテンション上がります。