夏祭りというのはどうも苦手だ。 行くまでは楽しい。見せる相手がいるわけでもないのに張りきって浴衣を着て、髪だって普段やらないようなオシャレにする。メイクなんかも少しやっちゃったり。 しかし、実際その場に到着して楽しめるのはほんの20分程度でそこから先は足が痛いだの帯が苦しいだの暑いだの人が多いだの……。 とにかく文句ばかりが口から出るのである。正直、屋台に期待はしてない。ただ"夏祭り"というものに便乗して、昔の友達に会ってはしゃいだりかつて幼い自分が好きだった相手を見て少しその頃の余韻にひたったり。 要は夏祭りなんてただの口実に過ぎないのだ。 好きな人でも、懐かしい人でも、学校の友人でも。だれかに会うために行く。 ……そんなふうに思ってるのは私だけだろうか? 『(……足痛い)』 帯も苦しいし、暑いし人多いし…。なんで夏祭り来たんだろ。誘われたからなんとなく来たけど……帰りたい、かも。 「折原、何か食べたいのある?」 『んー…いちごあめ食べたいかな』 「じゃあそれ探そう」 『佐藤くんは?何かないの?』 「俺はいいよ」 にこりと人のよさそうな笑顔を見せる佐藤くんは、まるで臨也とは反対の人物だ。 人のよさそうな笑顔、というのはアイツも持っているが、生まれたときから一緒にいる私はあの笑顔が偽物だと言うことくらい一目でわかるのだ。 ──クラスメートの佐藤くんに夏祭りへ行こうと誘われたのは、3日前のことだ。 突然メールが来て、彼らしい短文が並べられていた。 1日だけ開かれるこの夏祭り、正直私は行くつもりがなかった。面倒だから。だからメールが来たとき断ろうと思ったんだけど… 「あんたマジで断るの!?佐藤くんでしょ、サッカー部で大活躍のイケメンくん!絶対もったいない!行った方がいいって!むしろ行け!」 と、ものすごい顔でたまたまそこにいた友達に言われたのでオーケーの返事をした。…あの顔、本当は面白がってたな。 片割れにそのことを報告したとき、なぜかあからさまに不機嫌になられたことはおいといて。 とにかく私は、佐藤くんと微妙な距離を保ちつつゲタを鳴らしていた。 「ほら、いちごあめ」 『あ、いつのまに…いくらだった?』 「折原がボーッとしてる間に。お代はいいよ、今日デートに来てくれたから」 『…ありがとう…』 デート…そうか、これってデートなのか。…ん?付き合ってないのに? 『(ま、いっか)』 「あ」 『ん?』 「あれ…折原」 『臨也?』 佐藤くんが少し遠くを見てそう言った。彼が折原と呼ぶのは私と臨也しかいない。 だから私もそっちを見てみると、確かに臨也がいた。すぐに人混みに消えてしまったけど……なんとなく、笑ってたような。 『……』 「アイツあんまり祭りとか来るイメージないなぁ」 『よくわかったね。臨也はいつも、花火が始まるまではビルの屋上や高いところから人を見下ろして……始まったら、人気のないところで黙って花火を見るの』 「へえ…詳しいね、折原」 『まあね…一応双子の兄妹だし…』 そうだ… 今までだって、私は臨也と2人でそうして来たじゃない。 一件だけ、屋台に寄って杏あめを買う。そして上から人の群れを見下ろして、花火が始まったら一緒に見て。 『ねえねえいざや、はなびおっきいねー』 「うん」 『いざやはどうしてはなびをみるとき、なにもしゃべらないの?』 「…きれいだから」 『ふーん……なら莉子もだまっとこ。あ、でも、ひとつだけやくそく』 「ん?」 『これからずっと、はなびは莉子とみよーね』 「はは…いつかそんな約束わすれるよ」 『だいじょーぶ!だっていざやが、覚えててくれるでしょ──?』 私は、忘れていたのか。 小さなころに臨也と交わした、数少ない小さな約束を。 『佐藤くん、ごめん』 「え?」 『花火は一緒に見れない。行くところがあるの』 「待って、折原…?」 『ごめんなさい。いちごあめのお金、また返すから』 最後にまた謝って、私は走った。臨也と花火を見ていたあの場所へ。 …ああ、だから夏祭りは嫌なんだ。足は痛いし、帯は苦しいし、暑いし人は多いし… 思い通りに走れないでしょ。 ザッ… 『臨也…?』 ようやく着いたその場所に、臨也はいなかった。ただいつのまにか上がり始めた花火の音だけが悲しくも響いていて。 『約束……忘れたのかよ、ばあーか……』 ポタリと、涙が落ちた気がした。 夏祭りの約束 back |