『夫になる人』の欄に書かれた 青峰大輝 という文字は、意外と綺麗で。薄っぺらい紙一枚じっと、じーっと穴があくほど見つめる。
「バカみてーに目キラキラしてんな、お前」
ダイニングテーブルで向かいに頬杖ついたまま座る大輝くんがバカにしたように笑うけど、その表情はどこか嬉しそうで。大輝くんも同じ気持ちなのかなって思うと胸がきゅっとした。
「早く出しに行こーぜ」
「待って!あと少し!」
「もう充分眺めたろ」
「やだ、だってこの先もう婚姻届なんて見ないんだよ」
「ま、見ることがありゃそん時はお前が他の男と再婚した時だもんな」
「ちょ…、縁起悪いこと言わないでよ…」
「離婚なんて死んでもしねーけど」
あ、まだ結婚もしてねーのか。
そう言って笑う大輝くんに、そうだよってわたしも笑った。大輝くんは無意識のうちにさらっとときめくこと言うから、本当にずるい。心臓に悪いのだ。ぜったいわたし、この人のせいで早死に。
「なんか、世帯主、とかいいよね」
「お前の『いい』の基準がわかんねーよ」
「あっ」
大輝くんがわたしから婚姻届を奪った。左手の人差し指で引っかけて青い瞳で見つめる彼。小さく「うすっぺら」なんて呟くから、当たり前じゃんって返事する。
「…こんなうっすい紙一枚で、オレら夫婦になるんだな」
「そうだよ」
「なんかいまいち信用できなくね?」
「何言ってんの今更!」
「誰が管理すんだよ、これ」
「えっ……えらい人、だよ」
「ふーん」
「もうっ、何が不満なの?」
「べっつにー。…お前ちゃんと指輪しとけよ」
そう言われて、左手の薬指にはめられた指輪に触れた。大輝くんとおそろいのペアリング。どうやら大輝くんは薄い紙での約束よりも、肌身離さずつけている指輪の方が信用できるらしい。彼の薬指のそれを眺めつつ、当たり前じゃん、なんて本当に当たり前のことを。
大輝くんから婚姻届を受け取り、もう一度見つめる。夫になる人、青峰大輝。夫になる。彼が、大好きな彼がわたしの夫に。そしてわたしが大輝くんの妻になるんだ。
「やっぱお前、見すぎ」
また頬杖ついて、大輝くんが笑って。わたしはなんだか鼻の奥がツンとしてきて。しあわせ、ってつぶやいたら、じわっと涙が浮かんできて。
「…泣くほど?」
右手を伸ばしてわたしの涙を拭う指。こくこくと首を何度も縦に振る。
しあわせだよ。大輝くんとこれから先ずっと一緒だね。些細なことで喧嘩して、わたしたち仲直りはヘタだからきっと家に帰るのが嫌な日だって何度も訪れるよね。大輝くんは格好いいから、わたしはまたいくらでも嫉妬しちゃうね。そのたびにめんどくさそうに抱きしめてくれるかな。子どもが生まれたら一番はその子に譲る?嬉しいけど、少し寂しいと思っちゃうわたしは心が狭いからかも。シワやシミが目立つ年になったら若い子ばかり見ちゃうだろうね、大輝くんはおっぱいおっきい子が好きだもんね。しわくちゃなおばあちゃんになったらもう愛してくれないのかなぁ。
「オレも、すげぇ幸せ」
それでもわたし、大輝くんと結婚したいんです。ただ好きだから。
(愛しさを詰め込んで、キスをした)