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折原先輩と平和島先輩が卒業して、来神高校にはある程度の平和が訪れた。と言ってもまだまだ不良と呼ばれる輩はたくさんいるし、彼らがいなくなった今こそなんてばかげたこと考える人たちもいるんだろう。それでもあの人たちの喧嘩は現実離れしすぎていて、なんていうか、文字通り比べものにならなかったのだ。


「や、つばきちゃん」


にこり、と笑って現れたのは先ほど述べていた折原先輩で。見慣れた学ランではないその姿に新鮮さを覚えつつ、こんにちはとだけ挨拶をする。いったいなんで、卒業したはずの彼が来神高校の門にいるのか。


「何してるんですか、折原先輩」
「そろそろ君が寂しがる頃だと思ってね」
「まだ先輩が卒業して1ヶ月ですけど」
「冗談だよ。偶然近くを通って、気まぐれで寄ってみたら君がいただけ」
「なんだかとげのある言い方ですね」
「お互い様だろ?」


わたしはそんな話し方してませんけど。
反論しようとしたがめんどくさくてやめた。すると彼がまたどこか胡散臭い笑みを浮かべたではないか。やめてくれ、この人のこの笑顔にはいい思い出がない。あの時もあの時も、あの時だって。


「暇だよね?デートでもしようか」
「暇って決めつけないでください、わたしこれから友達と…」
「さ、いこ」


わたしの話なんてまるで聞かず、手を取り勝手に歩き出す折原先輩。懐かしくも感じる先輩の手は相変わらず冷たくて、どうしてか胸がきゅっとなった。こんなふうに先輩にむりやり連れられたこともあったなぁ、でもこれから先あまりないんだろうなぁ、もしかしたら最後なのかも。


折原先輩と手を繋ぎながら街を歩き回る。当然来神の生徒も多くいて、視線は痛かった。折原先輩は有名人だし。


「……(先輩の手、おっきい)」
「つばきちゃん」
「…はい」
「どこかで何か食べようかと思ったけど、ごめんね」
「え?」
「見つかっちゃったみたい」


なにが、と隣にいる折原先輩の顔を見上げた。すると、嗚呼懐かしい、あの顔だ。笑顔だけど、どこか忌々しそうな。冷や汗を浮かべたこの顔も、わたしは、わたしは。

いーざーやーくーん、なんて間延びした低い声。正面には平和島先輩がいた。ここからどのくらいだろう、10メートル離れたくらいかな。


「俺と、逃げてくれる?」


折原先輩が今更ながらそうたずねた。わたしの深読みかもしれないけど、勝手な思い過ごしかもしれないけど、その言葉はなんだか今だけのことを言ってる気にならなかった。俺と、逃げる。折原先輩と逃げるということは、折原先輩と生きるということなような。こんなこと先輩に言ったらきっと「思い込みだよ、バカだな」なんて笑われそう。


「逃げ…、」


ぐんっと突然強い力に引かれ言葉が途中で切れる。そういえば折原先輩はわたしの意見を聞かない人だった。
わたしの手をしっかり握って走るその背中はやはり懐かしく、だけど彼が学ランを着ていないことがまた寂しくて。

走ることのしんどさを久々に感じた。折原先輩、折原先輩と心の中で何度も呼ぶ。後ろでは自動販売機の破壊音。背筋が寒くなるこの感覚も、わたしの心拍数上昇を駆り立てる。


平和島先輩をまいたのは、それからしばらくしてからだった。どこだかわからない路地裏みたいなところで息を切らす。


「ちゃんとしたデート、できなかったね」


はやくも呼吸を整えた折原先輩。わたしもようやく整ってきたころだ。


「折原先輩、あの、」
「今日はもう帰る?」
「えっ」
「暗くなってきたし」
「あ……」


暖かくなってきたがまだ夏とは言えないので日が落ちるのは早い。………ん?


「お、折原先輩今…なんて、」
「は?」
「暗くなってきたから帰ろうって言いました?」
「うん」
「折原先輩が…そんなこと言うなんて…」
「なんなの」
「今までの折原先輩なら夜中にだって呼び出してたくせに!」
「……………」


そうだ、折原先輩は夜中の2時に肝試しをしようなんて電話してきた人だ。夜の11時まで付き合わされたこともある。おかしくなったのだろうか、それとも今日は何か予定が…?


「…別に特に意味はないよ」
「ふーん…変なの」
「君がいたいって言うなら、俺はいるけど」
「……折原先輩ずっる」
「何が?」
「(でたー嫌な笑顔…)」


たぶん、折原先輩は知ってる。
わたしの気持ちを。


「…折原先輩、次はいつ会えますか」


一度離れてしまった手を再び繋ぎ、帰路を辿る。わたしの家まで送ってくれるのだろうか。やっぱり今日の折原先輩はいつもと違う気がする。だからわたしも、こんなことを言ってしまったのかな。


「やっぱりわたし先輩がいないと、寂しい…」


折原先輩のいない学校なんて、つまらない。


「…また会えるよ、すぐに」
「嘘つき」
「嘘?」
「先輩、嘘つきだもん」
「あはは、ひどいなぁ」
「折原先輩、わたし折原先輩のこと好きです」
「……」
「好きです、好きなんです…」


左手は先輩と繋いで、右手でボロボロこぼれる涙を拭う。好きなの、折原先輩のことがすごくすごく…。

折原先輩は何も言わなかった。黙って、二人で帰る道はわたしの鼻をすする音だけが聞こえていた。


「…送ってくれてありがとうございました」


わたしの家の前で立ち止まる。もう真っ暗だ。時間ではきっと7時らいなんだろうけど。
でもいつまでも折原先輩は手を離さなくて、どうしたんですかって聞いても何も言わない。


「…つばきちゃん」
「はい…?」
「多分、危ないよ」
「え」
「俺の彼女は危ない」
「……」
「俺も君が好きだ。だからこそ、って思う気持ちもある。好きだから側におきたくない」
「…はい」
「なあ、俺どうすればいいかな」


悲しそうな笑顔でわたしの頬を撫でる折原先輩にまた泣きそうになった。だって、わたしは折原先輩が好きで、折原先輩もわたしが好きって言ってくれてるのに。


「わ、わたし、彼女になりたい」
「……」
「危なくたって、きっと折原先輩助けてくれるでしょ?迷惑かけないように気をつけるから、だから折原先輩とずっと一緒にいた、っんん」


ふいに押し付けられた唇。折原先輩にキスされたって、すぐにわかった。先輩の答えがなんのかなんてわからないけど、このしょっぱいキスがいまわたしたちの生きる空間を現実なのだと教えてくれた。折原先輩、大好きです。



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130317/孤独な夜に噛みつく覚悟があるか
ひさしぶりの折原さん。やっぱり好き。
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