あーあちぃ。
パタパタと白いシャツをあおぎながらオレは流れる汗を拭った。昨日の夜の天気予報では最高気温が37度とか言っていたが、実際はどのくらいなんだろう。ぜってー40度あるわぁーとか適当なこと考えつつ電車を待っていたら見知った顔の女がやってきた。オレと同じ桐皇学園の制服に身を包み、それはもう暑そうにうちわでバタバタとあおいで。
『やっほー青峰きゅーん』
「いいもん持ってんなお前。寄越せそれ」
『ジャイアンか。だめだめ、これはあたしがさっきもらったやつです』
「…思い入れねぇじゃん、全然」
隣に並び、同じく彼女も電車を待つ。行き先は桐皇学園。今日は夏休みだけど補習でオレもこいつもバカだから午後からこうして学校に向かうわけだ。ちらりと隣を見れば白藤はやっぱり暑そうにしていて、うちわをあおぎながら制服をオレと同じようにあおぐわけだから時折ちらっちらって見える白い胸元がやけに色っぽかった。こんなこと考えるのはアレだ、暑いからだ。そんでからこいつが背ェ低いのがわりー。ちょうど見えんだよ、わかるだろ世の男共。
『電車はまだかねー』
「まだだねー」
『ガングロ峰くんや、君は今日なんの補習だい?』
「ガングロ峰って言うな。なんだっけなー……英語?」
『わあーわたしと同じだよ補習峰くん』
「補習峰くんって言うな」
マジこいつおちょくってんな。やめだ、クソ暑いっつーのにこんなバカ相手にしてたら無駄な体力使う。んで死ぬ。白藤は隣でまだ何やら言っているが、オレは適当にあしらうことにした。本当に適当な相づちを打ちつつ、線路の向こうからいっこうに姿を現さない電車を待つ。
『ねえサボり魔峰くん、なんだか返事適当になってない?』
「ゴロわりーな。別にんなことねーよ」
『うっそだぁ、だって超適当だもん適当峰くん』
どうやら今のオレのあだ名は適当峰くんらしい。さっきから巨乳好き峰くんやら可愛い幼なじみ持ち峰くんやらと統一性のないあだ名だ。…いや、そんなことどうでもよくて。ため息をつく。暑いんだよ、マジで。清閑スプレーでもありゃちったぁマシになるだろーが、生憎部室のロッカーで堀北マイちゃんと一緒に眠っているだろう。オレのバカ。なんで置いてきたんだよ。
「…って、オイ」
『ん?』
「何してんだ」
『見りゃわかるっしょー。アイスっしょー』
「オレにも奢れ」
『やなこった。ジャイアン峰くん、冷たいんだもん』
白藤はホームにある自販機でアイスを買った。水色のそれは、どこか懐かしさを感じさせるアイスキャンディー。袋を捨て、中から出てきたものをぱくりと頬張る白藤。この暑さを紛らわすには見るだけでは事足りない。食いてえ、とただ純粋に思った。
『んっ……おいし』
つーかこいつなんでこんなえろい食い方すんの?こう、口に入れてさ、そこまではいんだけど抜いたり入れたりすんのやめてくれねーかな。暑いせいで頭いってて、こんなバカ女でもオレの頭は喜んでえろいこと考えちまう。あーもー、舌でペロペロすんな。
『なによう、さっきからジロジロ見て』
「別に…」
『あ、わかった、青峰くんもアイス欲しいんだ!』
「誰がいるか、だれが」
『でもあげないよ。これはわたしの。んーおいしっ』
「お前思ってたよりやな奴だな」
『やん、つばきショックぅ』
「きもい」
とりあえず白藤からうちわをひったくってそれで扇ぐ。心底暑そうにこっちを睨みあげる彼女を無視すれば諦めたようなため息が聞こえた。
『…青峰くん、暑いねぇ』
「おー」
『もう身体中が熱いよ』
「んー」
『熱くてたまんないさー』
「知らねえさー」
『でもねぇ、わたし身体よりも顔が熱いの』
「…ふーん」
『どうしてかわかる?』
「さあなー」
『青峰くんがいるからだよ』
「……へえ」
白藤の言ってる意味がわからないほどバカなわけでもなくて、だからって今そのバカな考えを整理するほどの頭はオレにはなくて。とにかく暑いし、ねみーし、だりーしさ。
『…青峰くんは、どうかなぁ』
……あれ、なんか熱い?え?あれ?オレも?オレまで?あれ?
少し、いやかなり頭が追いつかなくなってきた。するとようやく待ちわびていた電車が大きな音を立ててやってきた。オレは白藤の方を見ず、目の前で開くドアの先を確認する。平日の真っ昼間、乗客は変わらず少ない。
「乗るぞ」
『わっ』
白藤の二の腕をつかみ、電車に引き込む。適当に空いてる席に座り、隣で棒になったアイスをくわえる彼女に言った。
『…青峰くん?』
「学校行こうと思ったけど、やっぱやめだ。…ずーっと電車乗ってようぜ、日が暮れるまで、ずっと」
『……ねえそれって、青峰くんも顔熱いってこと?』
「そういうことなんじゃねーの」
こんなに熱いってことは、そういうことなんだろーが。
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120814//幸福片道切符