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蒸し暑い。梅雨も明け、わたしたちの日常は本当にただ暑いだけの日々だ。太陽はジリジリと燃え、暑さのあまり頭がおかしくなりそうだった。もしかしたらもうおかしくなっているのかもしれないなんて考えてしまう。そうだ、頭がおかしい。きっと今のわたしは暑さにやられているのだろう。ミーンミーンとどこからか鳴くセミもうざったくてたまらない。セミめ、余生を地上で過ごすのはかまわんがどうして最後の最後にそうまでして鳴く。うっさい。年寄りなら年寄りらしくゲートボールでもしとけ。こんなこと聞かれたら神様から天罰が当たりそうだがすいませんこれも暑さのせいです。


『うー…あっちー……』


カッターシャツの胸元を掴みパタパタしてなんとかこの暑さを和らげるがなんの効果も現れない。けれど無駄だとは思っていてもそうせずにはいられなかった。暑さを逃れることから諦めることだけは、できない。あぁ暑い。


「あちー…死ぬ……暑すぎて死ぬ…」
『わたしのセリフだバカ…暑い暑い暑い……うがあー!!暑い!!』
「黙れ。うっせ。」


隣に座る青峰はわたしの頭をバシコーンと叩いた。暑さのせいかそいつはだいぶ手加減というものを忘れているようだ。とても痛い。わたしは叩かれた頭を撫で、ぶつぶつと文句をつぶやいた。
今わたしたちがいるのは駅のホーム。いつものことながら青峰が部活をサボると言ったので妙な時間にホームへ来てしまった。この時間帯は電車がなかなか来ないのだ。というわけでホームの数あるベンチのひとつに並んで腰掛けているわけだが、いかんせん暑い。夕方とは到底思えない。太陽はサンサンと輝き、セミはミンミン鳴く。空には大きな入道雲が広がっていた。ああ、夏だなぁ。


「マジあちー…ちょ、おい…お前なんか自販機で買ってこいよ…」
『季節は夏だけどわたしのサイフは冬だよ…』
「ちっ、役に立たねー貧乳だな」
『はっ倒すぞテメェ』


おおよそ年頃の女の子の使う言葉とは思えないものを吐き出したあと、盛大にため息をついた。嫌になっちゃうくらい、暑い。髪がおでこや首筋にくっついて気持ち悪い。昨日も暑かったが、今日はその比にならないくらい暑い。携帯で気温を調べようと思ったけどスカートのポケットから取り出すことさえ億劫なのでやめておいた。背もたれに乗っけた頭をごろんと転がし青峰の方を見たら奴はわたし以上にだらけきっていた。長い腕を広げて背もたれに乗せ(なのでわたしが頭を乗せているのは正確には青峰の腕の上)、頭ももちろん預け天を仰いでいる。いったいなんの防止なのか顔の上にはタオルが乗せられていて少しだけうらやましいと思った。長い脚も大きく広げられていて、死んじゃいそうだなコイツ。


『ってか青峰こそ、ないの、お金』
「…オレはあれだ、氷河期」
『ちっ、役に立たねー巨人だな』
「てめっ!」


わたしが頭を乗せる方とは反対の手で再度叩かれる。あれれぇ、青峰クンは本格的に手加減しなくなってないかなー?軽く脳しんとう的なものを感じるんだけどー?つーかあっちぃ!あっちぃ!水分補給いる!熱中症になる!


『あーおーみーねー!』
「あんだよ」
『暑いよ!』
「オレもだよ」
『これやばくない?電車まだ?』
「見ろよいつ来るか。こっから見えねー」
『やだよ歩くのもしんどい』
「…あちー」
『…ねっちゅーしょー』
「………ああん?」


どこぞのヤンキーみたいに言いながら顔の上のタオルを取った青峰。そしてその虚ろな視線はこっちに向けられた。


『なる』
「は?」
『だから、ねっちゅうしょう!』
「……お前、舌足りてね」


舌っ足らずなのも暑さのせいだよ


「…なあ」
『んー』
「もっかい言えよ」
『なにをー』
「熱中症」
『?…ねっちゅうしょう?』
「もっと区切れ、一文字一文字」
『ねっ、ちゅう、しょう?』
「いいぜ」


いいぜ?
とうとう本当に頭がおかしくなってきたらしい。青峰の無いに等しかった理解力も底をつき、こいつの言う言葉の脈略がわからなくなってしまった。


『意味わかんな…』


青峰の方を向くと、青峰もまたわたしを見ていて伸びてきた手に持っているのはタオル。視線をタオルに向け、そしてまた青峰を見たとき、そいつの顔はほんの数センチ先にいた。ものすごく、近い。なんなの、と声を出そうとしたら頭の上に違和感。それとほぼ同時にわたしたちの顔に影を作った。なんだこの空間は。ああ、タオルが2人の上に乗せられたのか。


「言っとくけど」

『え』


青峰の顔が近付く、近付く。
目を丸くするわたしの唇に、青峰のそれが触れた。


「…最初に誘ったのはお前だからな?」


タオルの中で、青峰が妖しく笑う。わたしはその表情や妙に色っぽい声に熱を顔に集中させた。うう、と呻くような声を上げればさらに楽しそうに青峰は笑う。


『…セクハラだよ、ばか』
「知るかバアーカ」
『…ちゅーってのは、好き同士がやるやつだよ』
「そうだな」
『青峰はわたしのこと好きなの?』
「さあな」
『………』
「…ま、お前がオレを大好きなのはわかるけど」
『………』
「なぁ、どうする?もっかい、する?」
『…す、する』


顔が熱いのは夏のせい。


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120722//タオルの中で熱中症
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