青峰くんが起きている。
『……』
現在五限目の英語の時間。この時間は満腹感やら長い昼休みの気の緩みからどうにも睡魔が襲ってくる。クラスの三分の一は眠りに落ちていた。わたしはなんとなく眠くならなくて起きていたんだけど、本当に寝なくてよかったと思う。だって青峰くんが起きているんだから。
普段彼は授業をサボるかもしくは寝ているので先生の話を聞いている(のかはわからないけど)彼を見るのはレアだ。ちょっと嬉しい。大きな体を机に預け、つまらなさそうな顔でボーッとしていた。わたしの席は彼が座るところの隣の隣で、一番廊下側のうしろから二番目。ちなみにこの廊下側は横の壁に机をピッタリとくっつけている。だからなんだと言いたいだろうが、わたしにとってこの場所はとてもありがたい。
『(…あ、あくびした)』
右の壁に持たれつつ、黒板を見るようにして斜めを向く。すると必然的に青峰くんの姿も見えるわけだ。しかも今日はなんてツいてるんだろう、わたしと青峰くんの間に座る山本くんは夢の中。つまりうまいこと青峰くんを観察できる。言っておくが別に変態じゃない。誰しも好きな人は自然と目に入れてしまうものだ。
青峰くんを好きになったのはちょうど半年前くらいだ。桐皇学園に入学して同じクラスになって、最初は大きいしなんだか怖かったんだけど、ある日先生に頼まれて教室の画鋲を外していたところ、届かない高さに手こずっていたら青峰くんが代わりに外してくれたのだ。そんなこと、と仲のいい友達には笑われた。けれどわたしにとってはそんなことでも大きなことで確かに青峰くんに恋をする瞬間となったわけで。それからの青峰くんは輝いて見えて彼が授業をサボれば一気にやる気がなくなり、逆に教室にいるときは自分でも驚くほど心が踊った。
小さな恋だけど、それでも恋は恋。悩みは付き物だ。入学当初から見ていたのだが、青峰くんはよくある女の子と一緒にいる。名前は桃井さつきちゃんと言って、校内でもあの美貌と高校生とはとうてい思えないスタイルで有名だ。青峰くんと同じ男子バスケ部のマネージャーらしく、くわえて幼なじみだとか。もう負けるどころか同じ土台にさえ立てないという、虚しい現実。付き合ってるという噂はまだ聞かないが、わたしは時間の問題だと思ってる。お互いあんなに素敵な人がそばにいたら好きになるに決まってる!先入観?なんとでも!
『(…素敵、なんだよなあ…)』
青峰くんの制服に目をやる。緩く結ばれたあのネクタイ、きちんと青峰くんがやったんだろうか。まさか桃井さんがやったなんて言わないよね?ああもう、白いシャツから覗く褐色の肌さえもが眩しい。腕とか力強そうな筋肉がほどよい。ゴリマッチョは勘弁だけど、青峰くんの筋肉はウェルカムだよ。あと何その首筋。女の子はそういうのに弱いんだからあんまり見せないでっ!わたしだけは見たいけどっ!…あーもう、青峰くんってばかっこいいなぁ。好きだなー。唇もさあ、形がよくってさあ、鼻筋もスッと通っててさぁ、あの目なんかも意外と気に入って…
ばちっ
『!』
ぎゃあああ目え合ったあああ!いやむしろ今も合ってるー!現在進行形!えっ、ちょ、まっ、なんで…青峰くんから目がそらせない、んですケド…!
青峰くんはいつもと変わらない表情でこっちを見る。わたしが目をそらさないように、彼もまた目をそらさなかった。正確にはわたしの場合そらせないんだけど。
『…!』
に、とわずかに口角を持ち上げる青峰くんにわたしの顔は赤面する。それと同時にバッと顔を背けた。なんだ、いまの。机に肘を乗せ組んだ手の上に顎をのせる。これでもかってほど心臓がばくばくしてる。鼓動がうるさい。
「じゃあ白藤さん、次のところ読んで」
『…えっ、あ、はい!』
突然名前を呼ばれて驚きのあまり声が大きくなってしまった。くわえて勢いよく立ったことにより椅子が音を鳴らす。今ので体を起こした人がちらほらといた。けれどわたしにとってそんなことどうでもよく、先生の授業なんてこれっぽっちも聞いてなかった。青峰くんに夢中だったから。
『えーと、どこ、ですか…』
「聞いてなかったのか?珍しいな」
先生に指定されたページを読み上げていく。でもその声は震えていた。だって…だって青峰くんがこっちガン見してるんだもん!山本くんを挟んだ向こうから痛いくらいの視線を感じる。気のせいかと思ってほんの一瞬見てみたらやっぱり目が合ったので慌ててそらす。この声を青峰くんが聞いてるのかと思うと、やっぱりわたしの頭はどうにかなりそうだった。
♂♀
『…青峰くん、何がしたいの』
「別に」
『じゃあ離してくれるかな』
「んーむり」
『なんで!?』
「お前も来いよ。六限LHRだろ、つまんねぇ」
さっきの英語は無事終わり、いよいよ今日の授業も残すところLHRだけになった。所詮遊びの時間みたいなものだ。暇だけど真面目に授業を聞くよりは断然イイ。かと言ってそれがサボってもいいのか、ということに繋がるかと聞かれたらなんとも言えない。
そして今のこの状況、わたしの頭ではまっったく整理が行き届かなかった。さっきの休み時間、こっちの席までやってきた青峰くんが突然「行くぞ」といった。どこにとかも聞けないまま手首を掴まれてぐいぐい進んでいく彼。内心バクバクで、青峰くんの強い力に握られている手首は熱かった。
歩くにつれてだんだんどこへ行くのかわかってきた。きっと屋上だろう。普通屋上ってのは開放されてなくて立ち入り禁止なんだけどなぜか桐皇学園の屋上への踏み入りを禁止する鍵はもろく壊れていたので生徒たちはわりと自由に行き来している。先生たちも気づいているが面倒なのか見て見ぬフリをしているだろう。背の高いフェンスもあるし、落ちることはまずないはずだから。
そんなことを考えてるうちに到着した。午後の晴天が広がっていて、思いのほか気持ちいい。そのまま青峰くんは給水タンクの横に腰掛け自分の腕を枕にして寝転がってしまった。わたしはその場に立ったまま話しかける。(もちろん緊張しないわけが、ない)
『さ、サボりはよくないよ』
「真面目か」
『真面目だもん。…サボるなら青峰くんひとりでサボりなよ』
「…ふーん」
青峰くんが何か意味ありげな顔して声を漏らす。なによ、その言い方。なによ、その顔!まるでわたしの本音がすべてわかってるかのような仕草だ。
「そんなこと言って、オレがいねーと寂しいくせに」
ギクリ!!!
ぎゃあああバレてるううう!ってか今すごい心臓の音したんだけどきっ、きき気付かれてないよね…!?
『なな、何言ってるの青峰くん。別にあんたがいてもいなくてもわたしは…』
「ずっと見てたのにか?」
『!!!』
終わった。わたしの恋よさようなら。まさか青峰くん本人に気付かれていたなんて。
サラサラサラ…とわたしの体が砂となり風にとばされていくような感覚に襲われる。実際なってるのかもしれない。
「なあ」
『……は、い』
かろうじて出した声は今にも消え入りそうだ。とても切ない。これからわたしは青峰くんにフられるんだろうか。
「オレ、お前のこと好きなんだけど」
『ですよね、青峰くんがわたしなんかを好きなわけないよね』
「は?」
『好きになるなら桃井さんみたいに完璧な女の子だよね、うん、どうかお幸せに』
「いやちょっと待て」
いたたまれなくなってその場から立ち去ろうとしたら、倒していた体を起こしあぐらで座っていた青峰くんがわたしの足首をガシリと掴んだ。おかげで顔面から倒れた。本当に痛い。後ろで噴き出す声が聞こえたが、気のせいだと思いたい。
『い、痛い……なんなの青峰くん、まだ用が…』
「お前わかってなくね?」
『なにが!嫌ってほどわかってるよ!わたしなんかが青峰くんを好きでも報われなくて、青峰くんは桃井さんみたいな子が好きで!フられたんでしょわたしはー!』
わざわざこんな悲しいこと言わせるってどんだけ鬼畜!?泣きそう!うるうるしてした!青峰くんのバカ!
「やっぱなんもわかってねーわ」
ぐっと腕を引かれ、わたしの体は青峰くんの胸の中におさまる。それこそ頭がついていかない展開に目を丸くした。
『…あ、青峰くん!?これどーいうことですか!?』
「あー、だから……そーゆーことなんじゃねーの」
『……ちょ、ちょっとまって、からかってるの?今ならビンタ三発で許してあげるからほんとのこと言って…!』
「結局殴るのな。…いや、つーか、からかってねーし」
からかってない?それならこれは何かの罰ゲームですか?青峰くんが罰ゲームでわたしみたいな女にこんな気持たせるようなことしてるの!?
「ちょっとは信用しろよ」
後頭部に回された青峰くんの手の力が強まった。それによってわたしの頭もぐっと彼の胸板に押さえつけられる。鼻が潰されそうだ。
『…青峰くん』
心臓がドキドキうるさい。
『…ぎゅってしても、いいですか』
「オレの力に勝てるならな」
そう言って青峰くんは、その褐色の肌を持つ腕でこれでもかってほどわたしの体を抱きしめた。あまりの強さに『ぐえっ』なんてカエルのような声が漏れたが、こんな苦しささえなんだか幸せに感じてしまった。
(あ、青峰くっ…!そろそろマジであぶな…!)(なんかお前、あれだな、ふにふにしてる)((デブって言いたいんかこいつ))
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120625//君の腕の中で窒息死
むだに長くなった。青峰愛パねェェェ