わたしが何をしたって結局世界はなんにも変わらないんだろう。例えば仲の良かった友達と喧嘩したって、それはわたしとその子の間に溝が出来て周りがちょっと気遣うだけで世界はなんにも変わらない。例えば困ってる老人を助けたってお礼を言われて心が穏やかになるだけで世界はなんにも変わらない。例えば浮気したって後ろめたい気持ちが芽生えるだけで世界はなんにも変わらない。わたしがどんなにいいことしたって結局世界はなんにも変わらないんだ。そんな中二くさいことを、池袋一帯を見渡せるこのビルの屋上で考えていた。
「そう、つまり君が今お世辞にも景色がいいとは言えないこの屋上から飛び降りて死んだところで世界はなんにも変わらないんだよ」
「そうでしょうね」
「ただそうだな、困ると思うよ。君を大切に大切に育て目一杯の愛情を注いだ君の親は」
「…ま、そうでしょうね」
「それでもいいと」
「会えなくなるのは寂しいけど、どうせすぐにわからなくなるから」
「へえ」
冬の夜に似つかわしい澄んだ声がここに響いていた。心地よいようなそれがすうっと耳に浸透していく。
「世界はいつだって現実に残酷だ。それは誰に対しても平等だと君もそう思わないか?」
「はぁ…」
「だけど俺は思うんだよ、世界は時に気味が悪いほど俺たちを甘やかしてくれるって」
「……」
折原臨也と知り合ったのはもう2年も前の話だ。ちょうど2年前の今日、自殺オフなんていう趣味の悪いものでわたしたちは初めて顔を合わせた。ただの見栄なのかもしれないけど、一目で死ぬ気がないことがわかったよわたし。冷やかしともちょっと違うような、だけど冷やかし以上にタチの悪い男。それでもわたしは折原臨也という男に魅せられた。折原臨也という男に宥められた。そして彼の家に住み着いたのである。
「本当に飛び降りるの?」
「…だってつまらない」
「ふーん」
「止めないの?」
「んー、俺に君の死ぬという意志を止める権利はないからねぇ」
「2年も一緒に暮らしてるのに」
「じゃあ逆に聞くけど、俺が止めれば君は死ぬことをやめるの?」
「わかんない」
「俺はいつだって君の意志を尊重するよ」
「わたしの意志…、」
「ただ、そうだなぁ」
今日はいつにも増して喋るななんて考えつつも臨也さんの話に耳を傾ける。さっきからずっと柵の上に座ってるけど臨也さんこそ落ちないんだろうか。
「君が今この屋上から飛び降りて死んだところで世界はなんにも変わらない。そのことに違いはない」
「わかってる、」
「だけど世界が変わらないのと同じように俺がつばきを好きってことはどこかの誰かが何をしたって変わらないんだよ」
「臨也さんがわたしを?」
「ああ」
ああ、そうか。臨也さんは世界が変わらないのと同じようにわたしのことを変わらず好きでいてくれるのか。
「どう?そろそろ死ぬ?」
「…わたしのことを好きでいてくれる人がいないから、わたしは世界が嫌になってたんだよ」
「知ってたよ」
「……え」
「俺がこう言えば死にたくなくなるってことも、知ってた」
「……」
「俺が変わらず君のことを好きでいるように、君もまた変わらずに望んでるんだよ。誰かから愛されることを」
こんな臨也さんだからわたしはあの日あの時この人を信じたのかもしれない。帰ろう、柵から降りてそんなふうに言う臨也さんにわたしはやっぱり笑って「はい」と言うしかなかった。
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120104//世界が変わらぬことと同じように