彼女は猫が好きだった。よく校内に忍び込んだ猫とじゃれていた。俺からしてみれば猫なんてどれも同じだし、そもそも興味の対象にならない。だけど彼女曰わく『全然違うよ!サンタとサタン以上に違うよ!』らしい。そうは言われてもやっぱり俺に猫への関心は生まれず、むしろそこまで猫を溺愛する彼女本人に興味が湧いた。
『いらっしゃい』
今日も猫はやってきた。来神の裏庭の隅にある茂みからぼってりとした体を覗かせ、いつものごとく彼女のもとに歩み寄る。俺はそんな彼女(と猫)を見ながら、昼食をまた口に運んだ。
「あのさぁ」
『んー?』
「あんまり餌あげないほうがいいんじゃないの」
『なんで?』
「懐くよ」
『いいじゃん』
ねー、なんて喋りもしない猫に向かって話し掛け首を撫でる彼女。なんて言うか、あんまりおもしろくない。ずっと猫にかまってばっかりなのはいつものことだ、俺が文句を言ったところで『じゃあ臨也戻れば?』なんて至極冷たいことを笑顔で言われるに違いない。そんなことになったらもっとおもしろくない。
「…楽しいの?」
『うん!』
「……」
『ほらほら、かわいいでしょー?』
「…………」
『んーかわいい!』
「そんなに猫が好き?」
『世界で一番好き!』
世界で一番好き、それはつまり世界中の何よりも猫が好きと言うことだろう。もっと言うなら俺よりも猫の方が好きらしい。気にくわないよ、まったく。どうしてかわからないけどとにかく俺は若干イラついて、ありえないことを口走ってしまった。
「にゃん」
俺の生涯最大の汚点だ。2秒前の自分を全力で殴ってやりたい。
『え?臨也なんか言った?』
「………いや、」
『ん?』
「…………何にもない、忘れて」
『だから聞こえなかったんだけど』
新羅がいなくてよかったなんて心の底から思いながら遠くからするチャイムの音に耳を傾けた。いつもこの音を聞くと太った猫は元来た場所へと帰って行く。彼女は名残惜しそうにしながらも笑顔で手を振った。当然、猫は手を振り返さない。
『教室戻ろうか』
「白藤さん」
なんとも情けないことに、俺はそんな彼女、白藤つばきのことをいまだに名字で呼んでいた。名字で呼ぶやつなんて掃いて捨てるほどにいるのになぜ彼女だけ"情けない"と思ったのかは俺自身わからない、が、事実そう思った。
『うん?』
笑顔で振り向く白藤さん。俺の中の汚い欲望なんて知らずに綺麗に微笑んでいる。
──彼女は、苦手だ。
猫が好き、苺が好き、数学が嫌い、隣の席の子が苦手、そんなどれもくだらないことひとつに俺の心が揺れる。
「…名前で呼んでもいい?」
『もちろん!』
(また揺れた、俺の心)
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120225//ライバルは猫