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『(ぶっすうー)』


不機嫌だった。とにかくわたしは朝から不機嫌だった。ダン、と音を立てて机に手のひらを乗せた。勢いにまかせておろしたのでなかなか痛いが今はそんなことどうでもいい。それよりも重大な事件が、起こっていたのだ。


今日はわたしの誕生日。世間はごく普通の木曜日だけど、わたしにとっては年をひとつ重ねる特別な日だった。12時ジャストにはたくさんの友人からおめでとうメールがきて祝ってくれた。12時を過ぎたって、みんなメールをくれた。だけど肝心の青峰くんからは何もなく、学校に来てもみんながおめでとうと言ってくれるなかアイツは学校にさえ来ていなかった。普段なら青峰くんがサボることなんてよくあるから会えなくて残念だな、くらいだけど今日は違う。寂しくて、悲しくて。


『(ああ、そうか、不機嫌じゃなくて悲しいんだ)』


青峰くんがわたしを祝う義務はない。なぜならわたしたちはただ少し仲のいいクラスメートであって、付き合ってなんていないから。だからもちろん彼が祝いの言葉を伝えなくたってなんにもおかしくないし、むしろわたしの誕生日になんて無関心だろうから今日だってことさえ知らないだろう。

それでも好きな人には祝って欲しくて、たった一言「おめでとう」を言って欲しくて。


『はあ…ジュース買ってくる』

「行ってらっしゃい」


よし、青峰くんのこと今日だけは忘れよう。今頃家で寝てるに違いない。わたしの誕生日なのに。でもそんなこといつまでも気にしてうじうじしてたってしょうがないから、わたしはお気に入りのサイフを持ち1階の下駄箱にある自販機へと向かった。



階段をおりている時、ちょうどだるそうにスクールバックを肩にかけて上がってくる青峰くんに出会った。顔を見るだけでこんなにドキドキさせる相手は彼以外にいない。向こうも気づいたのかポケットに入れたままの両手をあげることなく声をかけてきた。


「よー」


へらへら笑ってるよこのアホ峰。
つーかぜっっったい知らないよねこの反応。堂々と遅刻もしちゃってさぁ。


『……よー』

「あ、つばきさぁ」

『!な、なに?』

「英語の教科書持ってる?オレ忘れてよ」

『……』

「つばき?」

『……ばかっ!』


言いたいことは山ほどあるけど、とりあえずわたしはこれだけ言って駆け足で階段をおりていった。青峰くんが悪いわけじゃないのに。わたしが勝手にムカついて勝手に悲しんでるだけなのに。ごめんなさいと心の中で謝るけどわたしの誕生日なんて忘れて別に絶対使わないはずの教科書の心配なんかしてるのはどうにも腑に落ちなくて。それにフツー教科書もさぁ、同じクラスのやつに聞く?他クラスに聞けってのバカ。


『…青峰くんの、バカ』









『(ガーン)』


目当てのものがなかったときのもどかしさはいったいどこへぶつければいいのだろう。もう口はその口になっていたというのに、自販機には売り切れという文字が光っている。補充しとけよな、なんて無駄な悪態をついてから考える。のど乾いた、でもこの自販機に飲みたいものはない。だからって大好きなイチゴオレが売ってるのは体育館裏の自販機だけで、少し距離がある。ぶっちゃけめんどくさい。仕方なくわたしはジュースを諦め、教室に戻ることにした。


♂♀


『ただいまー』

「おかえりー。…あれ?ジュースは?」

『売ってなかったの』

「なーんだ、貰おうと思ったのに」

『そりゃ残念』


そこから友達のマシンガントークは始まる。今日の話題はどうやら隣のクラスのイケメンくんらしい。わたしは適当に相づちを打ちながら青峰くんの席を睨みつけ(スクバはあるが本人はいない)、でもそんなイケメンくんより青峰くんのほうがかっこいいよなんていうことを考える。「テニス部なのにバスケすっごい上手らしくてー」いやいやいや青峰くんのうまさなめんなって。マジすごいから、マジかっこいーから。バスケしてる姿は他の女の子に見せたくない。ぜったいみんな好きになっちゃう。あー青峰くん大好き。うんうん。だからこそ悲しいんですね。


「つばき?」

『へ?』

「トイレ行こうって」

『ああ、うん』


考え込んでいた。…気をつけよう。


友人とともにトイレへ行き、鏡の前で身だしなみを整える。そしてトイレからの帰り、友人は元同じクラスの友達と喋っていた。わたしの知らない子だからちょっと疎外感。平気だけどさ。


そんなことを考えながらぼーっとしていたら、突然ほっぺにひんやりした感覚が。


『ひあっ!』

「よ」


振り向けばそこにいたのは青峰くんで、彼の焼けた手の中には普段絶対飲まないであろうイチゴオレがあった。珍しい、青峰くんとイチゴオレなんてなんてミスマッチなんだろう。少し笑える。


「ん」

『え?』

「やる」

『…え!?』


ずい、と差し出されたのはやっぱりイチゴオレで、早く受け取れと言わんばかりにゆらゆら揺らす。高いところにある彼の顔を伺えば、やっぱり「早く受け取れ」という顔だった。要するに少し仏頂面。


『なんで…』

「誕生日プレゼント。さっさと受け取れや」

『わっ、ちょっ!』


若干雑に投げられたそれをギリギリでキャッチする。冷たくて気持ちいい。もう一度青峰くんの方を見た。


『青峰くん、覚えて…』

「お前オレが知らねーと思ってただろ?」

『だって階段でなんにも言わなかったのに…』

「反応がおもしろそーだったから。『バカ』なんて言ってどっか行くから、笑っちまったわ」


ハハッと青峰くんが笑う。思い出し笑いでもしてるのか、ああ本当に彼はわたしをときめかせるのがうまい。今もこんなにドキドキして顔が熱くて胸が苦しくて。


『……ありがとう』

「んー」

『…わざわざ買いに行ってくれたの?』

「おー」

『自販機まで行くの、遠いからめんどくさいっていつも桜井くんに行かせてるくせに?』

「今日はオレが行った」

『……イチゴオレ、好きだよ』

「知ってる」

『青峰くんも、好き』

「知ってる」


正面に立つ彼がどんな顔をしてるのかはわからない。だけどわたしの顔が影になって、ほんの数秒したら彼からキスが落ちてきた。目は閉じていたから顔は見えなかったけど、わたしの心は幸せでいっぱいだった。


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