現代社会の先生が、「お互いのことを知ってるつもりでいても、知らないことだらけなこともあります」と言った。わたしはそれを聞いて特に何かを思ったわけじゃないけど、強いてあげるなら「そうなんだぁ」って。でもよく考えれば全部を知った人間なんていないし、それは今まで一番近くにいた親も同様なんじゃないか。先生はまた言う。「自分でさえ自分のことはよくわからないときがあるのに、他人にそう簡単にわかるわけもありませんよね」うむ、なるほど。それは言えてるかもしれない。わたしだってわからないときあるしねー。
「というわけで、それぞれ席が前後左右の誰かと三人組で組んでお互いのことを知りましょう!話なら恋愛相談でも友達関係でも家庭の事情でもなんでも良し!ただし、きちんと返事はしましょうね」
え?
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「お互いのことを知りましょう!って言ってもなー」
「なぜオレがお前らと組んでいるのだよ」
『だって真ちゃんと高尾とわたし席が前後左右だし?』
「だし?」
「……」
にしてもほんと、この3人ですかー。高尾とも真ちゃんとも仲良いし、それこそ今更仲良くなるために話すことなんてないと思うんだけど…。
「何話す?昨日コンビニで起こった衝撃について話そうか?」
『それもう聞いたよ』
「だよなー。つーか話すことねーよマジで」
『わたしも…、真ちゃんは?何かある?』
「特にない」
『…はい、わたし思いついた真ちゃんのコミュ力の無さについて真剣に討論したい』
「ギャハハ!何それ!今更だっつーの!」
高尾が盛大に笑って、真ちゃんは眼鏡のブリッジをくいと持ち上げる。
わたしたちは普段から仲が良くて、今さら改まって親睦を深める会話なんて思いつかなかった。くだらないことがあればわたしも高尾も話すし、愚痴だってこぼす。真ちゃんはいつも聞いてるだけだけどそれでもきちんと話を聞いてるから、そうそう今さら話すことなんて…
『…ん?』
「どした?」
『あるじゃん、話すこと』
「え、マジ?」
『さっき先生が言ったのにさらーっと流しちゃったけど…、恋バナ』
「「えっ」」
『え?』
「…ごめん桃花ちゃん、今なんて?」
「…………」
『だから、恋バナだよ!よく考えたらわたしたちって青春真っ只中の高校生なのにそういう話はしたことないじゃん?』
「「……」」
まったく意味がわからないけど、なぜか2人は黙り込んでしまった。高尾は気まずそうに目線を泳がせ苦笑い、真ちゃんは石像のように固まったのだ。わたしは2人の奇怪な行動に首を傾げる。
『その反応…さては好きな人いるな!』
「「(ビクッ!)」」
『あーやっぱりー!2人そろってビックリしてんじゃん!』
「すすす好きな奴なんていないのだよ」
『どもりすぎ』
「違うどもってなどいないだからニヤニヤと笑うにゃ」
『噛んでるし』
「!」
「ま、まあまあ、落ち着けよ真ちゃん。んで?なんだっけ?マングースの話?」
『全然違うよ高尾』
高尾も真ちゃんも恋バナになった瞬間やけに慌てるなぁ。さっきはほんの出来心でからかったけどこれはもしかしてもしかして本当に好きな人がいちゃったり…?
わたしはにやける顔を隠さずにはいられなかった。(隠す気もないけど)
だってこの2人だよ?バスケ部で大活躍の2人で、高尾なんて女の子にモテるお調子者だし、真ちゃんとか恋愛とは程遠いような堅物なのに!そんな2人が恋をした?興味ないわけないでしょ!
『で、誰なの?好きな人!』
「……き、聞かれてんぞ真ちゃん」
「!高尾貴様裏切るのか!」
「…いや…あの、オレは…その………うんごめん」
「高尾おおお!!」
『え、ちょっと、あんたたちお互いの好きな人知ってんの?』
「「………」」
『し、知ってるんだぁぁ!ずる!てかせこ!わたし仲間外れ!?』
「ちょ、真ちゃんなんか否定の言葉言えよ!」
「お前が言うと思ったのだよ!」
う、うわーマジだ!マジでこいつらお互いの好きな人知ってんじゃんつーか普段「真ちゃんー」「うるさい」みたいな感じのくせに好きな人言い合ってるとか仲良しか!何?何なの?わたしだけ仲間外れにしたかったの?女だからか!
『ちくしょー性別差別だよこいつら』
「…桃花ちゃん?いや、別に仲間外れとかそんなんじゃねーから」
「…そ、そうだ。そういうわけじゃない」
『じゃあ教えてよ』
「「………」」
『黙るな!返事はちゃんとしましょって先生言ってたでしょ!』
「…、…!あ、そうだ桃花ちゃんは!?桃花ちゃん好きな人とかいねーの?」
「っ!た、高尾!?」
『わたしはいないもんー』
突然の高尾からの質問に答えたら2人は目を丸くして立ち上がった。ガタッと大きな音がしたけど、各々がおしゃべりを通り越してはしゃいでいるこの状況ではすぐ喧騒に呑み込まれてしまった。そんなに驚くことないのに…、わたし好きな人いるなんて言ったことなかったんだけど?
『大丈夫?』
「おう、わりー…」
「……」
『ねえねえ、じゃあまずはクラスから教えてよ。あ、もちろん秀徳だよね?』
「さあなー」
『えークラスもだめなの?』
「…このクラスなのだよ」
『え』
「え」
『え?なんで高尾も驚くわけ?』
「いや、つーか……え?ちょっと真ちゃん?」
「高尾。そもそもこんなふうにしてまで隠すことでもない、悪いがオレは言わせてもらうぞ」
「ギャー!」
真ちゃんは立ち上がり、何かを高らかに宣言してくれるらしい。何かとはつまり真ちゃんの好きな人で、わざわざ立って言ったらこのクラスらしいし本人に聞こえちゃうんじゃ?とは思ったけどもういい。この堅物が青春しようとしてるのだ!
興味津々、身を乗り出して真ちゃんの口からこぼれる女の子の名前を待つ。しかし次の瞬間、聴覚が狂った。高尾の手に両耳を塞がれたらしい。
『ちょっと、高尾!?聞こえないからやめて!』
「ごめん桃花ちゃん!それはむり!」
『なんて!?あんたの声もぼやぼやしてて聞こえない!』
後ろから高尾がわたしの耳を塞ぎ、何か言ってるのはわかるけど言葉までは聞き取れない。それでも、わたしには視覚があることに気付いた。
「オレの好きな奴は…」
真ちゃんの言葉なんてわからないけど、口がそう動いてる。読唇術?そんなの知らない。だけど真ちゃんは、確かに今そう言った。わたしは目を凝らして彼の口の動きを見た。
「…………お…、」
お?
「……お………」
お?
「……や、やっぱり無理だ……」
え?あれ?なんで真ちゃん座る?そしてなんで机にうなだれる?あ、耳が自由になった。
『ねえ真ちゃん、言った?わかんなかったんだけど…』
そこでちょうど授業を終えるチャイムが鳴った。いまだにうなだれる真ちゃんと、疲れきった顔の高尾。
「…人事は尽くした。が、言えなかったのだよ……」
「ハァ〜…(ホッ)」
『え?え?うそ、気になるんだけど?』
どうやらわたしたちは先生の言うとおり、お互いのことをよく知っていなかったらしい。少なくともこいつらの好きな人を聞くまでは諦められない。
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120922//ハート剥奪の刑に処す
◎匿名さま
40万打記念企画に参加してくださりありがとうございます!
高尾くんと緑間くんと仲良いけどどちらも狙ってる、という設定、書くのがすごく楽しかったです!(*´▽`*)
わたしてきには緑間くんが告白しようと意気込んだときの焦った高尾くんが一番楽しかったです(笑)
このたびは本当にありがとうございました!