「体育委員と保健委員は放課後委員会だから、各自掲示板に提示したプリントで教室を確認しておくように」
わたしの耳は不思議なもので、先ほどから長々と教卓で話していた担任のこの言葉だけを拾ってしまった。
『(体育委員……わたし、)』
と、高尾じゃん。
マジでか。これは…おお、ラッキー。先日の体育倉庫のことといい、体育委員選んどいてよかったなわたし。ほんとに。
舞い上がる気持ちを抑えつつ、ちらりと肝心の高尾を見てみたらクラスの男子とのんきにもひそひそ喋っていた。絶対話聞いてなかっただろうなー…。「なんでお前そんなうまいの?」「得意だもん」所々聞こえてくる会話。いったいなんの話をしてるのか。高尾くんや、今日は委員会だよ。届きもしないのに心の中で言い掛けた。
▽▽▽
放課後、委員会へ向かおうとしたときわたしの名が呼ばれ足は止まる。呼ばれただけで速まる鼓動。一気に手汗が滲んでギュッと拳を握った。
「おーい、大谷っ」
『ん』
「今日委員会だろ?場所確認した?」
『うん。化学室だった。…って、高尾朝の話聞いてたの?』
「当たり前だろー?放課後委員会、各自掲示板で場所を確認しとくように」
にっと高尾が得意気に笑う。すると胸がドキッとした。そんなこと言って喋ってたくせにとか思いつつもやっぱり可愛いとか考えちゃう自分がなんかもう恥ずかしい。
『ってか聞いてたなら自分で確認しときなさいよ』
「あかねちゃんがしてくれるって信じてたからー」
手を頭の後ろで組みながら隣を歩く高尾が言う。ケラケラ笑いながら、ほんの冗談でポンと言った言葉。それでも再度わたしの足を止めるにはじゅうぶんな要素だった。……あかねちゃん………。
『………』
「…ん?大谷?」
『……あ、う』
突然立ち止まってしまったわたしに振り返る高尾。けれどわたしはそんなことどうでもよくて、真っ赤な顔を隠すために手の甲を口元に当てるだけ。好きな人に「あかねちゃん」なんて呼ばれちゃ、恥ずかしくてたまらないに決まってる。最近の子は、名前で呼ばれるのなんて普通かもしれない(いや、わたしも最近の子だけど)。でもわたしはこんな小さなことで立ち止まって顔を熱くさせるくらい、うまく言葉が出てこないくらい、要は慣れてないのだ、こういうことに。
「…はっはーん」
『!な、なに…』
得意気に笑ったりケラケラ笑ったり今度はにやっと笑ったり、表情に忙しいやつだ。わたしの前まで来て顔を覗き込む高尾からはなるべく視線をそらした。面と向かって目を見たらなんだか飲み込まれそうだ。いや、それよりも単純に恥ずかしいだけなのかも。
「恥ずかしがり屋だもんな、あかねちゃん!」
あーもうこいつマジいっかい捕まるべき。
わたしの気持ちなんて知らずに散々振り回して、泣きたくなるような切ない気持ちにさせて。
委員会の内容は近日開催される球技大会のことだった。なかなか高尾は張り切っていたが、わたしはそんな高尾の球技大会での姿が楽しみだった。きっとかっこいい。
『高尾このあと部活?』
「おう」
『ふーん。頑張ってね』
「見にくる?」
『えっ』
「なんちゃって!」
『………』
「あ、ごめん怒った?見に来てるやつけっこーいるから大谷も興味ねーかなーと思って」
『……行く』
「えっ」
『バスケ部に、好きな人いるし』
「……………マジ?」
『うん』
カミングアウトしてしまった。バスケ部と言ってしまった。でもわたしだってずっと照れてるだけじゃいけない。少しくらい、「アレ?」って思ってもらわないと…。うん、これでちょっとくらい気づく…「え、だれ?もしかして真ちゃん?」『…違うよ』気づかないようだ。まったく鈍いなぁもう。
「バスケ部かぁー」
『…高尾は?いるの、好きな人』
「オレ?さあー…」
『はぐらかさないでよ』
「…ま、いるけど」
『い、いるの!?』
「いないと思ってたの?」
『……べ、別に…』
正直いるともいないとも考えてなかった。自分のことで精一杯だったし、そこまで思考が回らなかったのだ。しかしいざいると言われたら…けっこー、クるな。誰だ?こいつ面食いっぽいからな…、クラス一可愛い絹本さんか?それともなにげに美人な学級委員長?そういえばみーちゃんも整った顔してるし……ああ考え出したらキリがない。
『…だ、だれ』
聞きたくないと思うのに、わかっているのに、警報はちゃんと心の中で鳴ってるのに。わたしは好奇心だとか小さな期待だとかそんなもので、聞いてしまった。違う子の名前が出てくる覚悟だってたいしてせず、感情にまかせて聞いてしまうのは失敗だったろうか。後悔したって遅いけど。
「お前」
まるで流れるように、高尾は言った。あくまで普通に、なんの抑揚もなく自然に。わたしはそれが逆に不自然に感じてしまって。
『……え、え?』
「たっぷり悩め!じゃーな!」
最後には高尾スマイルを振りまいて走り去ったのだから、もうなんなんだいったいあいつは!わたしは高尾の言った言葉の意味を理解するのに10分要し、つまりは10分後に顔を赤く染めたのだった。
(いつもの高尾の冗談なのか、なんなのか)