嘲笑リズム | ナノ


放課後、教室で青峰くんにマカロンをあげる美里ちゃんを見送りながら私は隣のクラスに向かった。鞄の中に忍ばせてあるのは、黄瀬くんにあげる予定のマカロン。今度はカップケーキのときみたいにラップで巻いただけじゃないし、ラッピングだってきちんとした。それでも彼はやはり嫌悪の目で見下すのだろうか。受け取ってくれるはずなんてないのに、どうして諦めきれないのか。


黄瀬くん。


『(えーと…黄瀬くんは……)』


キョロキョロと教室の前扉から探すけど黄瀬くんの姿は見当たらない。もしかしてもう部活に行ってしまったのか。たまたまそばにいた人に尋ねたらさっきどっか行った、とのことだ。…少し待ってみようかな。

廊下で待ってようと身を翻そうとしたところ、誰かに肩を叩かれた。振り向けばどこか見覚えのある、だけど喋ったこともないような女の子が数人。どの子もスカートが短く化粧は派手、私みたいな生徒とはまったく違うタイプの子たちだった。


「島崎さん、よね?」

『はい』

「ちょっと来てくれない?」


まさかマンガみたいな展開が待ってるわけでは、あるまいな。


♂♀


バシャッ


水が散らばる音がして、女の子たちは高く笑う。やがて私の体も冷えてきた。水を掛けられたのだ。それも大量の、しかも不意打ちに。

…想像以上の展開なんですけど。


ビックリして思わずしりもちをついてしまった。


「あんた、そろそろ邪魔」

「涼太にあんだけ嫌われてるのにさぁ、よく周りうろつけるね」

「あたしだったらムリ!キモイ!」

『……(そうだ、この人たちよく黄瀬くんの周りにいる)』

「涼太にも言われてるんでしょ?近付くなって。あたしこの前見ちゃったし、コイツ本屋でさぁ──」

『いやあっ…!』


ひとりの女の子が面白そうに話そうとしたところを、立ち上がり彼女の口をふさぐ。

その話は、聞きたくない。
ううん、黄瀬くんに拒絶された話はなんでも、もう二度と聞きたくないもので。


「なっ…離せよ!」


うっとうしそうな顔で私の手は振りほどかれ、再び地面に座り込んでしまう。とっさについた手のひらが痛い。膝も少し擦りむいてしまった。体育館裏なんてベタベタなところ、どうして選んだの、よ。誰も助けてくれない。……ま、誰かが見つけたとしてもみんな見てみぬふりするんだろうけど。


「ねえ、この中、もしかしてマカロン入ってる?あんたのクラス調理実習だったでしょ」

『!』


足のつま先で私のスクールバックを差され、サッと顔が青くなる。その反応が期待通りで面白かったのか、にんまりといやな笑みが彼女たちから覗かれる。やめて、と声を出すより先にスクールバックは踏みつけられ、ぐしゃりと音がした。


「涼太がかわいそうでしょー」

『……』

「あれ、もしかして泣いちゃった?」


鼻の奥がツンとして、堪えていた涙がこぼれ落ちる。泣きたくなんかない、涙を流せば思うつぼなのだ。それなのに一度溢れ出した涙を抑える術を知らない。


「やだ、ほんとに泣いてんだけどこの子!」

「ウッソー気持ちワル!」

「あのねー、言っとくけどぉ」


ビショビショに濡れたシャツが体にへばりついて気持ち悪い。涙を拭いながら彼女たちを見上げる私に追い討ちをかけるかのように、残酷なことを告げる。


「コレ全部涼太がやってくれってあたしたちに頼んだことだからね?あんたのことうざいからってさ」


胸が痛くて仕方なかった。
黄瀬くんはそんなことする人じゃない。そんなことわかってる。だけど、すごく私のことを嫌っているから私にだけはするかもしれない。

そう思ったら痛くて痛くて、たまらないのだ。


「だからあんたももう──」

「なんつーかさぁ」


高い女の子の声に割って入ってきた、低い声は男のそれで。


「強烈なファンがこんだけいるっつーのも考えモンだな」


思いがけない人物に、私は目を見張った。





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