30
神威さんの部屋にわたしのお泊まりセットを運び、ベッドに飛び乗った。それはもうボフンと!上司のベッド?そんなの気にしない!
「すっかりお泊まり気分だね」
「はい!なんだかすっごくワクワクしてます!」
「それはよかった。でもうるさいのはやめてね」
「神威さーん!トランプしましょー!あっウノも持ってきましたよ!」
「聞いてる?」
「いだっ!」
頭を殴られました。平手って言うところが手加減してくれてるんだろうけど、それでも神威さんの力は強いから痛いです。あっかーん舞い上がってるゥー!あんまり迷惑かけたらマジで追い出されかねん。神威さんのことだ、「やっぱ出てって」とか言ってポイと捨てるに決まってる。…こ、怖い!
「(…──捨て、る)」
時々、本当に時々思うことがある。実は今まで起きてきたこと全てが夢で、目が覚めた時そこはわたしが地球にいた頃のまま。春雨も、夜兎も第七師団も、ぜんぶ夢。まったく関わりのない生活。いつもと同じように朝起きて、ご飯を食べて、茶屋で働いて、近所の子供たちと遊んで、夜になったら寝て。そんな繰り返しに戻るんじゃないかと、そう思う。
もしもそうなったらわたしはどうなる?夢の中の出来事を、いつか忘れてしまうんだろうか。阿伏兎さんやピッピくん、ウオさんや第七師団の皆を。
「さくら?」
──神威さんを。
「(違う。夢なんかじゃない)」
ギュッと手のひらに爪を突き立て、頭の中の黒いモヤモヤを追い出す。そうだ、これは夢なんかじゃない、ちゃんとした現実…、
ポン
「え…」
「難しい顔してる。さくらには似合わないよ」
「…む、むずかしいかお?」
「うん」
「……、じゃあわたしに似合う顔はなんですか」
「笑顔と泣き顔かな」
「…後者は喜べません」
「そう?」
頭を撫でる神威さんの手はきもちよく、まるで夢じゃないよとはっきり言われてるような感覚だ。嬉しい。幸せ。大好き。
「神威さん」
「んー?」
夕食を食べに食堂へ行く途中の廊下、隣を歩く神威さんの顔を見上げる。ニコニコ、笑いながら。神威さんはこっちを見ずに、前だけを見て返事をした。
「神威さんが迷子になった時は、わたしが一番に見つけてみせますよ!」
「無理なんじゃない?」
「そんなことありません!わたしの神威さんセンサーをなめないでくださいっ」
「別になめてないけどなぁ。まあそれより先に俺がさくらを見つけるだろうけどさ」
「え!」
「俺、さくら見つけるの得意だもん」
「ほ…ほんとですか…?なんかいまいち信用できないなぁ…」
「ほんとほんと」
「根拠は?」
「なんとなく」
「……」
まあ、いいか。神威さんがわたしを見つけると言うのなら、わたしはそれを信じて生きていける。そもそもわたし神威さんのこと信じきってるしなぁ…じゃないとこんなわけわかんないトコ(春雨)いれないよ。
「神威さん、今日は阿伏兎さんにどんなイタズラしましょーか!」
「こないだはカラシだから、今回は生クリームとかにしよう」
「わあー似合わなーい」
いつからかわたしは、地球に帰る日が怖くなっていた。
(船が、地球につかなければいいのに)
(だけどいつかは必ず)(別れの日が来るのです)
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