15
落ち着け、落ち着け。とりあえず深呼吸しよう。スーッ、ハーッ、スーッ、ハーッ、スースースースースッスッスッスッ
「ゴハァッ!」
吸いすぎた!
……なーんてプチコントやってもだれもツッコんでくれない。そりゃそーだ。…いや、でもちょっとくらいなんか言ってくれてもよくね?わかった何も言わなくていいからせめて笑ってくれ。ぷっでいいから笑ってくれ。けっこー面白かったじゃん!?あれ!?つまんなかった!?今のつまんなかった!?あれェ!?
「皆さんお茶でも飲みますか?あ、なんならお茶菓子も出しますよ」
「いやいらないから」
「そんなこと言わずに、ほーらたんまりとお食べ」
「いやだからいらねーって」
ですよねー。ふざけてる場合じゃないよねー。…いい加減覚悟決めろってか。ハイハイわかりましたよーだ。
『いいかさくら。喧嘩ってのはな、護るためにやるもんだ。だからどんなになってもぜってー諦めんな。間違っても腹切ってカッコいい死に方なんざするんじゃねーぞ』
『最後まで背筋しゃんと伸ばして生きることが美しいんだ』
まぶたを閉じて、ゆっくりゆっくり思い出す。大丈夫。大丈夫。わたしは、できる。
ギュッと傘を握る手に力を込めたとき、目の前から天人が飛びかかってきた。
「っりゃあ!!」
ザシュッ、ずいぶんスッキリした音をたて天人は倒れた。血なのか体液なのかわかんない何かが頬にかかった気がする。
「うえぇ…キモチワル」
「いけェェエ!!」
一斉にかかってきた天人たちを殴って、蹴って、叩きつけて。とにかく体を動かしまくった。動かせば動かすほど何かしら敵にダメージを与えられると思ったから。
当然、わたしもダメージは与えられた。
「っつ、」
ちょ、そこ右腕!こないだ神威さんに折られた方の腕!まだ痛いんだから勘弁してよ…!
鈍器のような物で殴られた右腕がひどく痛むけど、そんな弱音吐いちゃいられない。ただがむしゃらに相手への攻撃を続けて。でも限界は案外すぐにやってきた。
「(やばっ……目眩してきた)」
膝がコンクリートにつく。思った以上に痛くて、でもそれより頭のほうがズキズキして。
わたし…死ぬかも。意識飛んでいきそうだし……神威さん、何してるのかなぁ…助けて、くれないのかなぁ…
「さくら」
凛とした声が確かにわたしの名前を呼んだ。
「そんなところで何してるの。まさかもう降参?」
「……」
「そんな血だらけで、戦えるわけないか。でもそれじゃあまだまだ俺はあんなこと思わないよ」
「……」
「さくらの名前を覚えててよかった、なんてさ」
神威さん、こんなボロボロなわたしを挑発しないでくださいよ。マジで死にそうなんだから。
「甘いね。俺は手なんか差しのべてやらない。さくらがついてくるなら自分の力で這いつくばってでもきな」
冷たいなーこの人。氷より冷たい人だ。普通女の子が死にかけてたら守ってくれるなりなんなり、さぁ。そーゆーのが王子様ってもんじゃないの。…つーか、この人は王子様ってガラじゃないか。せいぜい顔だけ王子ってとこ?
「ほら、早く立って。じゃないとさくら、食べられちゃうよ?」
……うるさいなぁっ!
「わかってますよ…!言われなくても立ち上がります!食べられてたまるか!」
「おーさすがさくら」
「ってゆーか神威さんも終わったなら手伝ってくださいよ!」
「手伝ったよ。4分の3片付けた」
「え」
そう言われて周りを見ると、本当にいつのまにか立っている天人は数名で。反対に神威さんの周りにはたくさんの天人の遺体が転がってた。
「…さっすが団長」
に、と誰かさんのような笑みを貼り付け、再度傘を構え直す。
「神威さん」
「なに?」
「わたしにこの傘は合いませんよ。夜兎じゃありませんし。だから、この任務が終わったら新しい武器買ってください、ね!」
腕の痛みも、頭痛も今は忘れよう。
それから数十分、わたしは『喧嘩』を教えてくれた彼を思い浮かべながらひたすら傘を振りかざした。
(戦いますよ)(だってわたし、嘘つきになる予定はありませんから)
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