08
ほんの少し前、春雨の第七師団に入った女がいる。かくれんぼをしていたら間違えて春雨の船に乗ってしまい、挙げ句俺の部屋で眠ってしまった女が。見つけたときは全く知らない女がいて少し驚いたけど、なんとなく殺さないで阿伏兎のところに持っていったら予想以上にうるさい奴で、「やっぱり殺せばよかったかな」なんて思った。別にその時にひと突きしてもよかったけど、これまたなんとなく話を聞いてたら少し面白い子で。生きて地球までの間第七師団で働くか、死ぬかの選択をじゃんけんで決めようと俺が提案したらあろうことか彼女は乗った。(もちろん俺は本気だったけど、正直乗るとは思ってなかったし)
そして彼女は勝った。その子曰く、じゃんけんで負けたことはないそうだ。ちょっとすごいなって思った。
それからさくらは俺の付き人になった。夜兎じゃないし、ただの地球産の女だから戦闘が主の第七師団に置いとくためには団長である俺の付き人しかなかったらしい。
さくらが春雨に入って2日目、腕相撲をした。わざわざ俺が忠告してやったのに冗談だと受けとめたようで、さくらの腕は折れた。力加減ならしたよ。2割も出してないくらいに。それでもさくらの腕は細くて、弱くて。簡単に折れたんだ。
『や、夜兎は回復力もすごいんですか!?』
翌日も折れた腕は治ってなくてビックリしたけど、地球産はそんなものらしい。夜兎ならすぐ治るのに。そう思って包帯が巻かれた腕を見てると、なんとなく妙な気分になって。さくらに利き腕を聞いたら、両利きですと答えられてなぜか左腕も折ってやりたくなった。
「神威さんー!お菓子持って来ましたよー!」
扉越しのさくらの大きな声で俺は我にかえった。どうぞーと答えるとまた向こうから「お菓子でドアが開けられません」と聞こえた。足があるだろ。バカだなぁ。そう思いつつも開けてやったら、大量のお菓子を持ったさくらがいた。
「お菓子が多すぎてさくらが見えないネ」
「さっき通りすがりの人に驚かれました」
そりゃあ前から見たらお菓子に足はえてるみたいだし。ぶっちゃけちょっと気持ち悪い。
「もう、神威さん人使い荒いですよ!」
「付き人が口答えするもんじゃないよ」
「えー」
「ホラ、さくらにもあげるから」
「んぐっ」
チョコをさくらの口に突っ込んでやる。
さくらは普通とは少し違う女だと俺は思う。もちろん弱いことに変わりはない。だけど、少し普通の奴とは違う気がした。特別美人というわけじゃあないけど、まあ可愛い方だ。身体だって貧相というよりは豊満な気もする(着物だからわかりにくいけど)。
最初さくらに興味は全くなかったけど、少し気になり始めたのは先日。付き人のさくらを置いて任務に行き夜中帰ったらさくらが俺の部屋の前で軽く寝ていた。そして待ってたんですと言ってから、「おかえりなさい」と言った。久しぶりに聞くその言葉に少しだけ気分が良くなった。その次の日、どうして名前を呼ばないのかと問われ、思ったことを口にしたら怒鳴られた。
『勝手に殺すな!』
『わたしは死にません!神威さんに守られなくても自分の身くらい自分で守れます!どんな敵が来ても必ずやっつけてやります!むしろ神威さんも守っちゃうくらいですよ!だから勝手にわたしを殺さないでください!名前覚えてムダだったなんて絶対に絶対に思わせませんから!』
真っ黒な目が俺の目をとらえて離さなかった。
自分の身くらい自分で守れる?そんな小さな細い身体で?
どんな敵が来てもやっつける?殺したこともない真っ白な手で?
むしろ俺も守る?あんなにも弱い力で?
ふざけたことを言ってくれる。
あんたみたいに小さくて弱い奴に守られるほど俺は情けなくないし、弱くもない。そうやって簡単に嘘つく奴は嫌いだけど、さくらの目に嘘の色なんて全く映ってなかった。だから俺も、ほんの少し。最後のところを信じてみようと思って。
さくら、って初めて読んでみた。意外とすんなり覚えられたその名前を、俺はこれから何度口にするんだろう。
(神威さん、ポテチわたしにもくださいよ)(やだ)(わたしが持ってきたのに…!)(冗談だよ。ほら、あーん)(!!恥ずかしいですよ…!)
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