越前くんと体育館


今日は久々に男女合同で体育を行うらしい。何をやるのかと思いきや、ケイドロですと意気揚々に伝えられため息をついた。
道具を使うものは個数が限られていて上手く回らないのと、ドッチボールやバスケなどの球技の声も上がっていたのに男女の力の差とコートの数問題があって、行き着いた答えがそれらしい。もっと他にあると思う。絶対。
私は運動自体あまり好きではないうえに、ずば抜けて走るのが苦手だから泥棒側になって早々に捕まる路線で行くことにし、捕まえてくださいとばかりに遅く走る。
クラスで3番目の捕獲を受け、牢屋へ走った。牢屋へ向かうスピードの方が早く、捕まえてくれた男の子に突っ込まれたけど知らない。警察役の子が二人見張りをしているから暫くはここから動かなくて済みそうだし、ゆっくりしよう。壁に背をつけ体操座りをし、みんなが走る様子を眺める。部活動の時間、よく教室からテニス部の人たちがグラウンドを走ってる姿を見かけるので、何故かそれを思い出した。そういえば隣の席の越前くんもテニス部で有名でって…あれ、捕まってる?
越前くんは過去2回の席替えで隣の席になっていて、少しではあるものの会話する仲だ。(といっても、記憶にあるのは私から業務的な話を振っているだけだけど)
彼がすごい人なのは入学して早々にファンクラブが設立されているし、青学1年ルーキーとして運動部の友達もよく話題にしているので知っている。
でも授業中は練習疲れからか眠っている印象が強いから、テニス以外にはあまり真面目じゃないのかなあと勝手に思っている。本人に言ったら、確実に眉間にしわを寄せられるので言わないけれど。そもそもそんな軽口を叩ける間柄でもない。
そんな越前くんが牢屋へやってきて、人一人分のスペースを空けて私の隣に座った。
越前くんはケイドロ嫌いなの?とか、もしかしてサボりにきた?とか、声をかけるべきか迷って視線を彷徨わせていると、隣から鼻で笑ったような音がした。恐る恐る視線を向ける。

「言いたいことあるなら言えば?」
「えっ、えっと…サボりにきたのかなって、思って」

咄嗟のことに口から出たのは後者だった。

「まあね。つまんないし。あんたも人のこと言えないでしょ」
「ごもっともで…」

あんなスピードで走ってたらバレバレ、と付け足されとても申し訳ない気持ちになる。視線を逸らして自分のシューズのつま先に固定した。
しばらく無言が続き、微妙に近いこの距離にどきまぎしてしまう。サボるために牢屋にきたのに、居心地が悪い。心臓がドキドキと音を立てる。まだ体育館の中では元気にビブスを着た警察が泥棒を追いかけていて、越前くんを最後に牢屋には5人しか人がいない。人がそれなりにいれば多少の喧騒に気がまぎれるのに。
我慢できず固定していた視線をふと隣の越前くんに向けると、いつも教室で見る横顔があり、やっぱり綺麗だなとしみじみ思った。ファンクラブの存在にも頷ける。ファンクラブかぁ。そう思っていると越前くんの視線がこちらに向いた。びっくりして慌てて反らすとまた越前くんから「ねぇ」と声をかけてきた。今日は不思議な日だ。



「あんたの隣って、ドキドキするんだよね。なんでだろ」


「えっ」


ピッと先生のホイッスルと「牢屋解放!」の掛け声とともに監視役が悔しがる声が聞こえた気がしたが、私にはあまりの爆弾発言に、走り去る越前くんの背中をただ呆然と見つめることしかできなかった。


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