学校までの道のりは、甘く青くさい匂いが漂う。暖かい風が教室の窓から吹き込む季節。それによって端に纏めてあるカーテンがふわりふわりと揺れている。残念ながら私は廊下側の席だから、暖かい風がここまでくる事はないが。ふと窓際の方を見る。差し込む日の眩しさに、目を細めた。本来なら窓際の席の、いつもうつ伏せになって寝ている金髪の彼を見る事が出来るのだが、今日はどうやらいそれも出来ないらしい。その事に私の中の、どこかわからない場所が、苦しくなった。そして、私はそれに戸惑う。

金髪の彼は、とにかく目立った。この学校に知らない人は、いないだろう。折原君と、休み時間ともなればいつも廊下を走り回っている、問題児。力がとても強くて、周りはそんな彼を遠巻きにしていた。しかし、私でもわかっている。クラスの子も然り、違う学年の子も然り、この学校の女子は皆、黙って固唾を呑むように彼を凝視している事がある。岸谷君や門田君と一緒にいる時、時々見せる小さな笑顔。表にはあまり出てこない、そう、言うなれば地下にある秘密組織のようなものが確かに存在していて、彼のその姿をいつもひっそりと見つめていた。
そして最近、とても綺麗な子が、放課後に彼を呼び止めているのを見てしまった。その女の子の顔を見て、ああ、私と同じなんだろうなあ、と思った。いいなあ、と思った。私の中にさざなみのようにして動揺が広がる。滅多に表に出てこない秘密組織は、私をこういう気持ちにさせた。そして、私にぽっかりとした穴を作った。彼はその後どうしただろう。とても気になる。しかし、もう見てはいられまい。その後はさっさと踵を返して、階段をかけ降りたのを今でも覚えてる。

だがそれでも、それでも私は懲りずに窓際の席を見つめている。それはきっと、秘密組織によって、不安で、湿っていて、どこか暗くて熱くなったこの気持ちが、まだ私の中からは消えてくれないから。
そう物思いにふけっていると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。今日の授業はこれで終了のため、クラスの皆は浮き足たっている。部活に向かうためか勢いよく飛び出していく男子と入れ替わるようにして、彼も鞄を取りに教室に戻ってきた様だった。また私の中にぐぅんと、深い波が起き始めた。それでも、もぅ・・。そう思って、彼から目をそらす。私の友人たちも私の所に来て、帰ろう、と言ってくれたが、どうしても今は一緒に帰る気分にはならなかった。出来れば友人たちに話して、慰めてもらえたら、なんて甘い事も考えたが、この気持ちは、私の中だけの秘密だったから。誰も知らない、地下の秘密組織よりもずっとずっと奥にあった、秘密のものだったから。ごめんね、ちょっと職員室に呼ばれてるから、先に帰っててね、そう嘘まで吐いてしまった。
今日は暫く一人になって、ゆっくりとゆっくりと、家に帰ろう。そう思って教室を見渡してみると、金髪の彼と目があってしまった。まだ、教室に彼が残っているなんて思っていなかった。思わず「あっ」と声が出てしまう。すると彼は暫く私を見つめ返していたから、私から目をそらしてしまった。そう、もぅ、彼と目が合っても前のように、私の中のどこかが弾むような事はない。不安で、湿っていて、暗くて熱いものが静かに燃え出すだけだ。ずっとずっと奥にある秘密のものが。
まだ彼からの視線を感じる。どうか、どうか早く立ち去ってほしい、そう思っていたのに、暫くしてから静かに椅子を引いて座る音がして、驚いた。驚いて、深い穴にはまったように気持ちが沈んで、それでもどこかで喜んでいる。だってここには、私と彼の二人だけだった。どうしても彼が気になってしまって、そうっと視線を上げてみる。長い足を放り出すようにして、彼は椅子に座っていた。ただ、座っていた。

でも、それでもやっぱり、その席に座っている彼は、当たり前だけど何時もの彼で、とっても綺麗で、私が始めて好きだと思った男の子だった。日直で、黒板を消している時に然り気無く高い所を消すのを手伝ってくれた男の子だった。力がとても強いから、周りの人は近付きはしないけど、岸谷君や門田君と一緒にいる時は楽しそうに笑ったりもする、普通の男子高校生の男の子だった。
初恋はかなわないというけど、どうやらそれは本当なのかもしれない。でももう、この廊下側の席から暖かい日だまりの方を見るのは、今日で止そう。それを止めた所で、彼に対しての秘密のものは、ずっとあり続けるだろうけど。だから、地下よりもさらに奥の奥で、私はこの思いをただ燃やし続けよう。滅多に、なんて事はない。表に出す事はきっとない。それでも、いい。視界が霞んできた。しかし、気にしなかった。私の中の何かは、しっかりと決まった。
席をたつ。

「・・平和島君」

ゆっくりと彼が此方を向いた。私の中にはそれだけで波が起きる。そう、この思いを教えてくれたのも、彼だった。

「さよなら、平和島君」
「・・・おい」

教室を出ようとした時に、彼に呼び止められた。その事にとても驚いたが、振り向けはしない。だって私の中の何かは、彼に呼び止められただけでも今にも崩れそうになっているのだから。

「・・ちょっと、俺に着いてきてくれねぇか」

平和島君が何をしたいのかはわからなかったが、私は断れる気がしなくて、それに頷いた。
教室を出て、階段を上り始めた彼の後を着いていく。とても大きな背中だった。私と彼とではこんなにも背の大きさに差があるのだと、改めて思い知った。そして、彼との二人きりの時間も惜しいのだと知った。
暫く上ると屋上に続く扉の前まで来た。しかし、ここには鍵がかかっているのでは、そう思ったが、やけに凹凸があるドアノブと彼の背中を見て、悟った。ギィっと軋んだ音をたてるドアをくぐって、彼に続いて屋上に立つ。屋上に来た事などなかったので、私はここから見る始めての景色がとても綺麗な事に、感動した。けれど何故か胸が苦しくなった。東の空から西の空へ。空を仰げば美しいグラデーションがあった。

「・・よく」

フェンスの手前まで行った彼が、ゆっくりと私に話し出した。

「よく、授業をサボる時はここに来るんだ」
「・・うん」
「・・それで、自分のクラスを見下ろすんだよ」
「・・え。でも、ここからじゃあ・・」
「・・別に、クラス全体を見たくてここに来てる訳じゃねぇよ」
「・・う、ううん?」
「・・はは、廊下側の、席だけ見れれば、いいんだ」

「こっから、な。遠いけど」

そして此方を向いた彼。
私のクラスの、廊下側。ぐぅんと、またあの波がやってくる。とても大きくて大きくて、私の中でしっかりと決まったものは、もう頼りなく崩れてしまった。自分で決めた事なのに、自分の甘い考えに酔って、脆く崩れ去ってしまった。

「でも、もう遠くから見る必要もないかもしれないって思ったんだ。・・いや、まだ色々とわからねぇんだけどな」

だから明日からは、教室での授業もきちんと出ようって思ってな。そっぽを向きながらそう言う彼。甘い考えに酔いながらも、結局は彼が何を伝えたかったのかその主旨はわからなかった。ただ、

「何か、急に悪いな。変な事言い出しちまって・・。ただ、なんかさっきお前の事、気になったからよぉ・・・」
「・・・え」
「も、もう遅いから送ってぐ。確か駅の方だよな」

ほら、行くぞ。
そう言った彼を、私はどうしようもなく好きで、やっぱり日だまりの方を見ないだなんて事、出来る訳がないんだとわかった。


学校までの道のりは、甘く青くさい匂いが漂う。暖かい風が教室の窓から吹き込む季節。それによって端に纏めてあるカーテンがふわりふわりと揺れている。残念ながら私は廊下側の席だから、暖かい風がここまでくる事はないが。ふと窓際の方を見る。差し込む日の眩しさに、目を細めた。そしてその光を受けてきらきらと輝いている金髪の彼に、更に目を細める。日だまりの方は、暖かそうだ。そんな事を思って彼を見ていると、なんと彼も此方を向いた。目が合う。驚いて、私の心臓はどきりした。そして昨日の彼が言っていた事を思い出す。

でも、もう遠くから見る必要もないかもしれないって思ったんだ。・・いや、まだ色々とわからねぇんだけどな

嗚呼今目が合っている事が、全ての答えのような気がした。
確かに廊下側の私の席から、窓際の彼の席までも遠いかもしれない。だけれど、だけれども、屋上からの遠さに比べたら、私から彼への距離は全然近い。私だって色々とわからない・・でも、そう、ただわかっている事は、全然近いという事だ。

私は思わず、頬を緩ませた。
すると彼は顔を赤らめたような、気がしたような。それでも、その次に見た彼の笑顔は、今まで地下のずっと奥の奥から見てきたものよりも何よりも、力強くて優しい笑顔だった。


笑顔の次をずっとまちわびてた


thank...シキ様
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