教室から理科室への移動中、廊下から一組の教室の中をちらりと見る。それはもう移動教室の際には必ずと言って良いほどわたしの中での決まりごととなっていて、だからと言ってわたしの興味をひいているのは一組の教室ではない。目線の先にはひとりの男の子。学生服の切れ端を横目に、わたしは今日もその場を後にした。



単純明快に言うと、わたしはあの学生服の男の子に惹かれている。好きなのである。だけど、その思いに反してわたしは彼のことをなにも知らない。まあ、入学して数ヶ月たったものの、同じクラスのひとすらしっかり覚え切れていないわたしのことだから、仕方ないのかもしれないのだけれど。それでも、一組の学生服を来た男の子、という、彼を見れば誰でもわかるような情報しかないのだから、だったら調べようとするとか、いっそのこと本人と接触してみたいなあなんて思ったりもするけど、あいにくそんな行動力はわたしはほんの一ミリグラムたりとも持ち合わせていないのだ。どうしようもない。







理科室から教室へ戻る。さっきと同様に、一組の教室の中をちらりと盗み見ようとしたけれど、どうやら彼はいないようだ。こういうこともある。少しだけ肩を落として自分の教室へ戻った。



教室まで戻ってくると、扉の前に人影が。よく見るとその人は学生服で、見たことのある背中。近付いてみると、やっぱり彼だ!うちのクラスの誰かに用なのかな。



「あの、すいません」



教室にはまだ数人しか生徒はいなくて、ほとんどはまだ戻ってきていないみたいだった。この中には知り合いはいない、ってことかなあ。なんて考えてわたしも教室の中に入ろうとしたら、扉の前にいる彼に声をかけられた。あ、はい、ってやけに落ち着いて応えたけれど、内心緊張して死にそうで、すぐにでも叫びだしそうだった。いま!目が!合ったあああああ!!!



「沖、いないかな?西広でもいいんだけど」



沖くんと西広くん。確かふたりとも野球部だったような。ってことはこのひとも、野球部、なのかな。



「ええと、いないみたい、です」



わたしが理科室を出るとき、沖くんと西広くんはまだ片付けをしていた。たぶん、戻ってくるまでまだ時間がかかるだろう。それを告げると、彼はうーんと苦い表情を見せた。



「…どうかしたんですか」

「いや、英語の教科書忘れちゃって。他のクラスのヤツも持ってないみたいだったから…」

「じゃ、じゃあ、わたしが貸します!」



これはチャンスかもしれない。そう思って出した声は思ったよりも大きく出てしまって、少しだけ注目を浴びてしまった。恥ずかしさのあまり俯いて、周囲の視線を耐えていると、彼の「本当!?ありがとう」という声が聞こえて、顔を上げると満面の彼の笑顔が視界いっぱいにこぼれた。その嬉しそうな顔にわたしも嬉しくなって、教科書をわたしてからずっと、去っていく彼の後ろ姿を見つめていた。



そういえば、名前、きいてなかった。返してもらうときに、訊いてみよう。それと、出来れば、アドレスも…これはちょっとおこがましいかな。



チャイムが鳴って先生に注意されるまでその場に立ち尽くしていたわたしに、授業中、隣の席の友達がにやにやしながら詰め寄ってきたのは言うまでもない。


ちりぢりになった日差しの行方

執筆...亜子様
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