「帰ろう」
「うん」

夕方、帰り道。
昼間よりは幾分冷たくなった風が、彼女の紺色のセーラー服をなびかせる。
だめだよ、髪じゃなくて、押さえるのはスカートじゃないと。
いくら風の勢いが強くないからって、油断しないで。

「ありがとう」

気をつけて、とだけ言った僕の意図を彼女は正確に掴んだ上で、そう笑う。
それには少しの羞恥を感じて顔が赤くなるけれど、彼女はやっぱりすごいな、と思う気持ちの方が強い。
同じ年なのに、やっぱり女の子の方が早く成熟するんだろうか。それとも彼女は特別なんだろうか。

「明日、どこ行きたい?」
「映画が見たいな」
「うん、じゃあ映画ね。お昼はさ、あの、ハンバーグのお店がいい」
「わかった、そうしよ」

ふふ、と笑って。
こののんびりな時間がいい。ふたりきりの時にしか感じられないこのふんわりした空気が好きだ。



告白したのは彼女だった。
好きになったのは僕のほうが先。
彼女が言ってくれなければ僕たちの関係はいつ始まったかわからない。

付き合い始めて、都合の合う時は一緒に帰って。たまに出かけてデートをして。
周りから見たら、初々しい、おままごとのような関係かもしれない。
彼女にとってはどうかわからないけれど、僕にとってはそれでもいっぱいいっぱいな「おつきあい」だ。
いつだって彼女を目で追っている。彼女の一挙手一投足に慌てる。彼女が何か話すたびにほかの物音は聞こえなくなるし、彼女の瞳に捕われたら自分から逃げ出すなんてできやしない。いつまで経っても、片思い、みたいだ。
それでも彼女はこんなぼくに笑ってくれるし、ぼくが言うことに反応して照れたり、顔が赤くなったりする。そんな彼女は僕の前にしかいなくて、ほかの人の前でそんな顔、見せたことない。だから僕は彼女の気持ちを疑ったことも、気後れしたことも一度だってない。

僕が彼女に惹かれたのは、彼女の顔とか声とかじゃなくて、それももちろん好きだけど、ちゃんと、人の目を見るところ。誤摩化さないところ。潔いところだ。
だから付き合い始めて、可愛いところ、女の子らしいところ、実はちょっと意地っ張りなところ、を知ってもっと好きになった。
誰も知らない僕だけのきみがそこに見えたから。

きみはどう思ってくれてるんだろう。
いつだって僕の何倍も余裕があるように見える。それがきみと僕だから、気に病むところではないけれど。
好き、の一言さえ口に出すのをためらってしまう僕に不安を感じていたり、……なんて図々しいかな。
でももしそんなことを思われていたら悲しい。

「ねえ」
「うん?」
「すき、です」

きっと今の僕の顔は赤い。ものすごく赤い。
でも、今の彼女の顔も赤い。今まで見たことないぐらい赤い。

「……ありがとう。私も、すき、です」

何をしてるんだろう、僕たち。
きっと後から思い返せばこの時の自分が不思議で仕方ないと思う。
でも、この時僕は、やっと彼女に並べたと思えたんだ。自己満足だと言われたらそれまでなんだけれど。

「また明日」
「またね」

「またね」と次をする約束がこんなにも嬉しく思えるのは、きっと、相手がきみだから。

ありがとう、大好きです。


きみにあってぼくにないもの

thank...鳴様
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