「おさむ、」
「ん、どうした」
「今日と明日、泊めてくれない、か?」
「…………」

 いつものようにおれは、治の家に来ていた。正しくは太宰家の敷地内に宛がわれている離れ…なのだそうだ。離れというか、別宅と言える大きさだが。
 でも、広くて、綺麗で、本もたくさんあって使用人さんだってたくさんいるけど、おれだったら多分、寂しくて泣いてしまいそうだ。だって、それくらい広い。人が遠い。
 つまり何かっていうと、治は、まあ、好き…なんだけど、あんまり治の家は好きじゃない。
 だからあんまり来たくないんだけど、………。

「え、」
「…ぁ、迷惑…だったか?」
「いいや、問題ない」

 治は一瞬驚いたような顔をしたあと、そう言っておれの頭を撫でた。
 でも、本当は嫌なんじゃないのかなとか、治はなんだかんだ言って優しいから、とか、考えてしまう。そうしたら、顔に出ていたのか治がぎゅう、と抱き締めてきた。

「えっ、わ、…え?」
「はは、龍可愛い」

 突然の事に驚いていると、治が笑った。や、笑い事じゃないし、どきどきするから、嬉しいけど離して欲しかったりする。
 抵抗しても離してくれないので、せめて赤いだろう顔を隠すために治の肩口に額を押し付けるようにして抱きつくと、また可愛い、と言われた。
 …おれは可愛くない。

「それじゃあ、泊まっていっても、いいのか?」
「勿論だ。だが、急にどうして?」
「あ、えーと、…」
「うん、」

 どうしよう、か。困った…。会いたかったから、寂しかったから、なんて言えない。

「漱石さんが、」
「…うん」
「漱石さんが、家を空けるからその間行ってきたら、と」
「…へえ、そう」
「……お、さむ?」

 嘘じゃないし、いいよな、これで…。別に、ちょっと捏造してなくもないけれど、間違ってはいないのだし。
 そう自分を納得させようとしていると、治の目が冷たくなった。
 …怒らせ…た?

「お、治…っ」
「…なら、言ってくるよ。泊まるんなら、飯の都合なんかもあるだろうからね。」

 だから少し、待っておいで。微笑んでそう言うと、治はおれの頭をくしゃりと撫でて行ってしまった。
 ぽつん、と一人残されると家の広さが身に滲みるようだった。
 治を、怒らせてしまったのだろうか。なぜ治は怒っているのだろうか。それとも、嫌われてしまったのだろうか。
 わからない。理由はどれほど考えてもわからなかった。
 それだけに言い様のない不安だけが募っていく。
 治の家には、今までも何度も来たことはあった。その度に広いなぁとか、大きいなぁとか、考えた事はあったが、治の傍を離れることは今までなかった。今まで感じる事のなかった恐怖が、孤独が、胸を衝くようだった。

「…っ、ふ、っうう、」

 許容量を越えた恐怖に涙が溢れるのを感じ、それと共に喉の奥から嗚咽が漏れる。
 足を折り畳んで、力の入らない手で頭を抱えるようにして耳を塞いで、総てを拒絶して治が早く戻ってきてくれることだけを必死に願った。
 治が帰ってこない。時間はどれほども経っていないのかもしれないが、永遠のように感じられた。
 最後に恐怖から目を瞑れば、溢れた涙が頬を伝っていくのがわかった。

 「…っ、…な…っい、ごめ、…なさぃ、…な、さい……」




わたしを掬う問い気
(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい)


11/02/13

わたしをすくうといきシリーズ二つ目。
芥川と太宰の交錯する想い。伝えるって難しい。


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