一目惚れではないが、一目惚れだった。
 それは、一目惚れと言ってしまうには遠い、しかし、限りなくそれに近いものだった、というのが正しいだろう。
 いや、それすらも間違っているのかもしれない。そのくらい曖昧な感情だった。
 はじめは、『尊敬』だった。このような素晴らしい小説があるのだと感動し、そしてそれを書いた人はどれ程素晴らしい人なのだろうかと思った。
 次に、その人に憧れた。俺もそういったものが書きたい、書ければと思った。
 そして、その人に惚れた。


  *  *  *


 初めてその姿を見たのは、お昼過ぎの図書室だった。
 その日は珍しく、図書室に入った手前の方は騒がしい連中が居てとても課題などできたものではなかった。なので、何気なく何時もは行かない奥にまで足を運ぶ事にした。
 すると、そこには恐らく課題に使っているのだろう資料の山に囲まれ一心に課題をやっている姿があった。
 どうやら先客のようだ。
 敢えて、同じ机でなくその人の対角線上の席を選んで座る。人が来ても気がつかないほど熱心に学びに没頭するその人が、珍しく気になったのだった。

 ここにはなぜだか時計がなかった。
 正しくはこの机の位置からではどうがんばっても死角になる位置にあるだけなのだが、今はまあ、いいだろう。
 時間が気にかかり持っていた懐中時計を開けば、夕刻であった。図書館ももう暫くすれば閉まってしまう時間だ。
 もう少しすれば今やっているとこが終わる、そうアタリをつけた俺が課題に目を戻すとほぼ同時に斜向かいで課題らしきものをしていた彼が立ち上がった。長時間座っていたせいで体が固まっていたのだろう、小さな悲鳴をあげていた。
 おそらく顔を歪めているだろう彼を見たい気持ちもあったが、しかし、顔を上げることはせずに黙々と課題をこなしていると、視線を感じた。
 ここには彼と自分以外はいないのだ。そう考えると自分に視線を寄越しているのは彼以外にはいないわけで。それに対して嬉しく思う自分がいるのは確かだったが、それにしても彼が視線を感じるほど自分を見る理由がわからなかった。
 互いの名前も知らなければ顔見知りですらないのだ。今が、正真正銘“はじめまして”である。
 あまりに長く見つめられているようなので顔を上げると、視線が交わった。驚いたような瞳に思わずかわいい、と思った。

「…何か御用でも?」

 敢えて、いつものような作った声も笑顔もせずにそう云った。彼に対して自分を偽りたくないというのが一つ、素の自分に対してどんな反応をするか試して見たかったというのが二つだ。そうすると、急に話しかけられた事にか、それとも俺の声が予想外に低かったからか、それとも他の理由からかはわからないが、驚いたらしく彼の体がちいさくはねた。
 …なんというか、とりあえず、反応が可愛すぎる。

「いや、用はない。不躾に見てしまいすまなかった」

「そうか」

 彼にそれだけ言って視線を課題に戻す直前に、眉尻が下がるのが見えた。心なしか、纏う空気も寂しそうに感じられる。
 少しの間そうしていたが、はっと何かを思い出したようにすると、ぱたぱたと大量の資料を戻して帰っていった。
 思わず笑みがこぼれるのが解った。
 そして、絶対に、何があっても手に入れて見せようと、一人心に誓った。


  *  *  *


 課題をすべて済ませる頃には、空はすっかり暗くなってしまっていた。
 澄みわたった雲一つない空に星はなく、その代わりに綺麗な月が輝いていた。

11/01/24


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