「俺を、どう思う」

 太宰が、唐突に問うた。
 なんてことのない、普通の日の昼下がりのことだ。太宰と芥川は図書館で課題を片付けており、それが一段落した時のことだった。

「どう、とは何だ」
「何、とは、そのままだ」

 芥川はその問いの意図がわからず尋ねたが、なんとも、説明になっていない言葉が返ってくるだけだった。

「それは、おれがお前をどう思っているかと云うことか」
「ああ、そうとるならそれで構わない」
「なんだ、随分曖昧な問いだな」

 問いが曖昧なだけに難しく、芥川は顔をしかめたが太宰は変わらず答えを待っているだけだった。
 何より、何故このような事を訊かれているのかわからない。何も前触れのようなものもなく、本当に唐突に訊かれたのだ。対処する方法がわからず、芥川は途方に暮れた。
 暫く考えていると―その間太宰は飽きもせず芥川を眺めていた―ひとつ、思い当たる節があった。芥川の敬愛してならない、夏目漱石その人のことだ。
 芥川は、何をしていようと何処に行こうと、日が暮れる迄には帰っていた。いや、帰ってしまう、の方が適切だろう。それは、夏目のためであり何より自分のためであった。

「…あー、治?」
「どうした」

 視線で彼が、考えは纏まったか、と云っているのがわかる。

「あの、怒ってる?…の、か?」
「どうして、そう思う」
「いや、あの、…あー」
「悪いが、俺にも云ってもらわねばわからないのだが」

 言い淀む芥川に太宰が云った。
 芥川は、あくまで優先すべきものの序列が明確に決まっていたから最優先順位であった夏目を優先していたのだが、さすがに多少の良心が痛むのだ。太宰はいつも芥川を気遣ってくれていたし、自分の事を想ってくれているのがわかるほど、自覚すればするほど其れが酷くなるのを感じた。

「…治、は、」

 芥川は、伏し目がちにぽつりと話始めた。太宰はそんな芥川をじっとみつめている。

「器用で、なんでもできて、頭がよくて、優しくて、おれの事おれ以上にわかって、…おれの事、すごい、想ってくれてる、それで、おれの…す、好きなひとっ!」

 芥川はそう言うと顔を真っ赤にして、呆然としている太宰を睨み付けて図書館を出ていった。図書館には小さいが幾らか長椅子の置いている中庭があるので、そこへ行ったのだろう。
 太宰は芥川を追うことにした。


  *  *  *


 太宰の予想通り、芥川は中庭にいた。
 中庭の端の方、植え込みと植え込みの間に小さくなって座っている。思わず、くすりと笑いが漏れた。
 太宰は後ろから静かに近づき、芥川を抱き締めた。まさか後ろから来るとは思わなかったのか、びくりと震えた。

「っ、…え?お、治!?」
「俺のかわいい龍、みつけた」

 芥川は驚きに目を見開き、言葉にならない声に口をぱくぱくさせながら顔を赤くしていた。

「龍、」
「離せ、っ」

 暴れる芥川を太宰はより強く抱き締め、その耳元で囁くように呼んだ。
 芥川は太宰が離れる気がないことを悟ると、おとなしくなった。

「言い逃げは、狡いと思わないか?」
「別に、それより離せって」
「嫌だ。なあ、龍はあんな風に俺のこと考えてくれてたんだな」
「ううう五月蝿い忘れろ…っ」
「忘れられるわけないだろ。あんなに可愛かったのに」

 愉しそうに云う太宰に、芥川は耳まで赤くなった。
 それを見た太宰がまたかわいい、と云って、芥川は五月蝿い忘れろ、と返す。

「龍、俺嬉しかった」
「…そりゃあよかったな」
「ああ。だから、俺にも云わせてくれないか?」
「……」

 太宰は芥川を自分の方に向かせて引き寄せると、強く抱き締めて云った。

「俺な、不安だったんだ。龍が夏目さん大好きだって云うことは知ってたけど、俺といても直ぐに帰てしまうし、家に来ないかと誘っても全く来たくないようだったから、俺のことなんか好きでもなんでもないんじゃないか、そう思ってたんだ」
「…ぅぅ」

 芥川は太宰の背に両腕を回し、その肩口に顔を埋めた。
 太宰は滅多にないその行動に驚いたものの、直ぐに抱き締め返した。

「でも、そういう訳じゃないんだよな…?龍も俺のこと、好きでいてくれてるんだよな?」

 芥川は、少し体を離すと目を泳がせたあと、太宰の唇に自分のそれを重ねた。
 一瞬ではあったが、突然のことに驚いている太宰に顔を隠すように芥川は抱きついた。

「…わかれ、ばか」
「龍…」

 太宰は嬉しそうに口許を綻ばせた。

「なあ治、今日、…行っていいか?」
「ああ、勿論」



(言葉にすれば、伝わると知った。)



10/12/07

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